黒田日銀、第2期の課題 (『金融財政ビジネス』2018.5.17日号、小見出し加筆)

 黒田日銀の第1期の功罪と第2期の課題を考えてみたい。

【黒田日銀第1期の「功」】
 第1期の「功」は、行き過ぎた円高・株安の是正と、成長持続による完全雇用の実現である。これには、米国経済の力強い回復を中心とする世界経済の立ち直りも寄与しているが、異次元金融緩和による日銀資産の急拡大と実質金利の引き下げによる事は否定できない。

【黒田日銀第1期の「罪」】
 第1期の「罪」は、同じ異次元金融緩和が生み出した日銀バランスシートの不健全化、金融機関収益の圧迫による金融仲介機能の低下、国債市場・株式市場等資本市場の官製化による市場の自律的調整機能の低下、財政ファイナンスに伴う財政規律の弛緩などである。これらは、いずれ到来する金利上昇期に大きな問題となって政策運営や金融経済システムを脅かすが、逆に金利上昇期を迎えないまま次の景気後退局面に入ると、金融政策はこれらの問題を一層深刻化する量的緩和の追加に躊躇し、お手上げになる恐れがある。

【異次元緩和のミステリー】
 更にこれらの功罪とは別に、一つの「ミステリー」が生まれている。「2%の物価目標」という「手段」が実現していないのに、「経済成長による完全雇用」という「目的」が先に実現したことだ。「物価安定」が「経済成長持続」の一つの前提であり、「手段」であることは間違いない。物価が持続的に上昇、下落している時は、個別価格の変動が価格体系の変化か物価の変動か区別がつかないので、最適な資源配分が妨げられ、経済効率が悪化して経済成長率は下がるからだ。

【原因は物価安定目標の誤り】
 この謎の答は、「2%の物価上昇」が「物価安定」ではなく、2014〜17年の「1%程度」の物価上昇の実績こそが「物価安定」であり、だから持続的経済成長が実現したのだ。
 ラスパイレス算式の物価指数は上方バイアスを持つが、日本の消費者物価指数の場合、上振れは1%程度である。従って1%程度の消費者物価「指数の上昇」が、「物価の真の横這い」に見合っている。歴史的に見ても、バブル崩壊以降今日まで、消費者物価の前年比が2%を超えたことはない。アンケート調査によっても、計量分析によっても、バブル期以降の長期予想インフレ率は1%前後だ。

【第2期の課題は「出口政策」】
 正しい意味の「物価安定」が実現し、持続的成長で「完全雇用」が実現している現在、第2期の黒田日銀の課題は「出口政策」である。物価上昇が安定的に2%を超えるまで、異次元金融緩和を続けるという第1期の「オーバーシュート型コミットメント」はもう「無用の長物」だ。この旗を降ろすと、国民の期待インフレ率が低下して、再びデフレに戻るとまだ考えているとすれば、第2期はその就縛から脱することが課題である。国民の期待インフレ率は、確りと1%程度にアンカーされている。これは過去の長期間の経験に基づく適合的期待で、日銀が声を大にして「2%超」と叫んでみても動かない。予想インフレ率を上げるのは現実のインフレ率であり、現実のインフレ率は経済成長率が決める需給ギャップに依存している。この場合成長が物価を決めているのであって、その逆は真ではない。

【構造改革による「期待成長率」引上げが鍵】
 そして成長を決めているのは、国民の「期待成長率」である。少子高齢化や財政再建の重荷を考えれば、今後の成長率は低くならざるを得ないという「期待」こそが、投資や消費を控えさせ、自己実現的に成長率を引き下げている。女性・高齢者の労働参加率の引上げ、外国人労働者の一層の活用、人工知能やIoT(モノのインターネット)などによる生産性上昇率の引上げ、社会保障と税の一体改革による財政赤字縮小の目途確立、などの構造改革こそが期待成長率を引上げ、高成長を実現する。第2期はこの経済理論に立って、現在の物価安定と経済成長を維持して欲しい。