金融政策に必要な中期的視野 (『金融財政ビジネス』2018.2.19日号)

 このところ日本経済の成長は順調である。3月で終わる17年度の成長率は、2%前後に達しそうだ。米国を中心に世界経済の拡大予想が上振れしていることもあって、日本は輸出と設備投資が確りしており、昨年8、9月の天候不順でもたついた家計消費も立ち直っている。16年第4四半期に需要超過に転じたマクロ需給ギャップ(日銀推計)は、期を追って需要超過幅を拡大しており、完全失業率はバブル景気崩壊直後の水準まで下がり、有効求人倍率はバブル期のピークを上回っている。
 このような場合、金融政策は景気刺激的から中立的、ないし若干引締め気味に転じるのが普通である。現に今日のFRBがそうしている。しかし物価目標至上主義の日銀は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が物価目標の2%を安定的に超えるまで、現在の超金融緩和を継続し、マネタリーベースの拡大を続けると言っている。
 この場合、中期的に見ると何か起きるであろうか。日本銀行の「経済・物価情勢の展望」(本年1月)によると、政策委員の消費者物価(同)の見通し(中央値)は、17年度の前年比が0・8%、18年度が1・4%、19年度(消費税率引き上げの影響を除く)が1・8%で、19年度になっても安定的に2%を超える状態にはならない。他方実質成長率の見通し(同)は、17年度の1・9%をピークに低下し始め、18年度は1・4%、19年度は10月の消費税率引き上げもあって0・7%である。これは現在の景気上昇が17年度をピークに鈍化し始め、19年度は景気後退に陥る可能性のあるシナリオだ。
 現在の景気回復は13年1〜3月期から始まったとされているので、今回の拡張期間は19年度の初めには7年目に入り、戦後最長となる。仮に消費増税が無くても、19年度に景気が後退局面に入ることは、ストック調整原理に基づく景気循環論やオリンピック需要の一巡から考えて蓋然性が高い。
 物価上昇率が2%に達しないまま景気が後退局面に入った場合、緩和しっ放しの金融政策には何が出来るのであろうか。国債やETFなどの資産買い上げ額の増加は効果が疑わしい上、市場官製化や金融機関経営の圧迫などの副作用が累積し、ほぼ限界なので難しいだろう。マイナス金利の深掘りは、「リバーサル金利」を下回って逆効果になる恐れがある。財政拡張政策に頼ろうとしても、財政再建先送り中の財政にその余力はない。
 このようなピンチに陥るシナリオが見えてきた最大の理由は、2%の物価目標への固執である。長い間日本銀行が主張し、戦後の金融史も証明しているように、物価安定に対応するラスパイレス算式の消費者物価指数の上振れ幅は、日本では1%程度である。戦後のハイパーインフレ期と賃金格差縮小の高度成長期を除き、日本のインフレ率は一貫して米欧より低かった。米欧の物価目標の2%を安定的に超える状態は、日本ではマイルド・インフレである。
 2%の目標を棚上げして当面は1%とすれば、間もなく消費者物価の前年比は1%を超すので出口政策に入れる。国債やETFの購入ペースを落とし(テイパリング)、短期のマイナス金利をゼロ金利に戻し、海外から上昇圧力の懸っている長期金利をプラス領域に誘導することから始めるのがよい。それでデフレに戻る程、現在の景気の基調は弱くない。
 短期的視野で超金融緩和の継続を考えるのではなく、中期的視野で今の超金融緩和の行き着く先を考えるべきである。FRBが小刻みに利上げを急ぐ理由の一つも、19年以降の景気後退に備え、金融緩和のノリシロを作ることにあることを日銀は見逃してはならない。