物価目標至上主義は本末転倒 (『金融財政ビジネス』2017.11.20日号)
「2%の物価安定の目標を出来る限り早期に実現するために、現在の金融緩和を粘り強く続けていく」(17年10月31日)「(異次元緩和の)正常化の議論はあくまで物価安定の目標が達成された、あるいはされるという状況の下で進めていく」(同)「金融市場に与える影響があり得るからと言って、物価安定の目標という日本銀行として最も重要な目標をコンプロマイズすることはあり得ない」(17年9月21日)。以上は黒田日銀総裁の定例記者会見における発言であるが、読者はこれを読んで何か違和感を覚えないであろうか。
日本銀行法には「日本銀行は物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することを理念とする」(第2条)とあり、最も重要な目標は経済の発展で、物価の安定はその手段である。また同法には「日本銀行は信用秩序の維持に資することを目的とする」(第1条2項)とあり、信用秩序を脅かす金融市場への影響を日銀は看過してはならない。
経済理論面からは、浜田宏一内閣官房参与の言葉を要約・引用しよう。「国民にとって一番大事なのは物価ではなく、雇用や生産、消費だ」「デフレは通貨供給量の少なさに起因するマネタリーな現象だというかつての考えは変わった」(日経紙、16年11月15日)「重要なのは物価が上がることではなく、雇用や生産、消費が回復したこと」「物価目標それ自体は重要ではなく、雇用等を伸ばす手段に過ぎない」(文芸春秋誌、17年1月)「インフレは我々にとっていい事ではない。雇用がよければインフレ率は低くてもよいのでは。場合によっては1%の目標でもよい」(エコノミスト誌17年8月29日)
私自身もエコノミスト誌17年10月10日号に「完全雇用と持続的成長という最終目標が達成されている時に、その手段に過ぎない2%の物価上昇という中間目標に固執するのは無意味だ。2%超の物価上昇が安定的に続くまで現在の超金融緩和を続けるというオーバーシュート型コミットメントは」インフレとバブルを招き、持続的成長を挫折させる恐れがあるので「極めて危険である」と書いた。
前掲の記者会見の発言の中には、金融市場への悪影響を軽視する発言もあるが、これも危険だ。日銀が大量の国債を買い支えることによって政府の財政規律は弛緩し、マイナス金利政策で利ざやが圧迫される銀行経営は悪化し、国債市場も株式市場も日銀の買支えに頼る官製市場となるなど、日本の金融市場と金融システムは脆弱化し、将来あり得る金融的ショックに対して極めてバルナラブル(傷つけきすい)だ。
日銀が2%の物価目標を至上とする真意は何か。2%超のインフレが常態化すれば、企業と家計の期待が強気化し、日本経済の潜在成長率が高まるという説は信じ難い。そのような事をすれば、潜在成長率が高まる前に供給力の壁に突き当り、物価上昇と成長鈍化というスタグフレーションに陥り、持続的成長と完全雇用は崩れ、国民生活は圧迫されるだろう。日本の潜在成長率の低下は生産年齢人口の減少が主因で、生産年齢人口一人当たりの実質成長率は他の先進国を上回っている。今は潜在成長率をやや上回る成長で完全雇用を維持し、金融政策正常化に着手するチャンスではないか。
日銀エコノミストの推計を見ると、現在の実質イールドカーブは、均衡イールドカーブに対し、短期で2%、10年物で1%も下回っている。0・1%のマイナス金利政策を中止し、長期金利の目標をプラスに戻しても両者の差は十分にある。これに伴って資産買入額縮小(テイパリング)も進む。これが、現在の持続的成長と完全雇用を維持しつつ金融政策と金融システムを正常化する第一歩であろう。