「出口政策」のタイミング (『金融財政ビジネス』2017.8.24日号)
よく知られているように、「出口政策」とは、量的緩和政策(QE)、ゼロ金利政策、マイナス金利政策などの「非伝統的」金融政策で膨張した中央銀行の保有資産を、正常な水準に戻す政策である。その手順は、普通、中央銀行の資産買入額の縮小・中止(QE終了)、マイナス金利・ゼロ金利の中止(利上げ開始)、中央銀行の保有資産圧縮、という順で行われる。
FRBは、14年初めから資産買入額を縮小し始め(テイパリング)、10月には資産買入れを中止してQEを終了した。次に15年12月に0〜0・25%であったFFレートの誘導目標を0・25〜0・5%へ引き上げ、ゼロ金利政策を終了した。その後本年6月まで0・25%ずつ3回誘導金利を引き上げ、現在は1・0〜1・25%である。利上げ誘導は、売オペで行うと最終段階の保有資産圧縮と誤解されて、長期金利が大きく上昇する恐れがあるため、準備預金中の過剰準備への付利を、当初の0・25%から1・25%へ0・25%ずつ4回引き上げる形で行われた。今後景気回復が予想通り順調に推移すれば、年内に保有資産の圧縮に着手する。
一方、ECBは本年4月から資産買入額の縮小(テイパリング)を始め、近い将来の利上げ開始を示唆している。他方日本銀行は、昨年9月に操作目標を長短金利水準に改め、資産買入額は金利コントロール上の目途として以来、買入額は少し減っている(ステルス・テイパリング?)。
このように各国中央銀行が出口政策のタイミングと手法を慎重に選んでいるのは、失敗した場合のコストが大きいことを自覚しているからだ。先日、来日した旧知のジェイコブ・フランケル元シカゴ大学教授と、この問題を話し合う機会があった。
出口政策が早過ぎれば、リーマン・ショック後の「流動性の罠」から折角立ち直ってきた経済を、再び長期停滞に突き落とすリスクがある。しかし忘れてならない事は、出口政策が遅過ぎた場合のコストが極めて大きいことだ。この点で、私達の意見は一致した。
遅過ぎた場合にはインフレと資産バブルが進み、実物投資のインセンティブが下がり、金利に敏感な低生産性部門の投資(「バブルの塔」)が増える。遅れてからの強力な引き締めは、長期金利の急騰によって金融システムと金融政策の効果波及経路の安定性を脅かし、最終的には経済の生産性上昇率が下がり、低成長となる。これは80年代後半に超低金利からの転換が遅れ、資産バブルとインフレが進み、遅過ぎた強烈な引き締めによって長期停滞に陥った90年代以降の日本経済が辿った道だ。
現在完全失業率は2・8%に下がり、GDPベースの需給ギャップは需要超過になった。本年度が1・8%程度の成長になれば、1%弱の潜在成長率の下で需要超過は更に拡大する。
消費者物価の前年比が安定的に2%超になるまで今の政策を続けるのは危険だ。歴史的に見て、2%超の持続は、日本経済にとってマイルド・インフレとバブルの世界だ(拙著『試練と挑戦の戦後金融経済史』参照)。
欧米の出口政策が進むにつれて、世界の金利は上昇し、日本にも波及して来る。その時日本銀行はマイナス金利政策からゼロ金利政策に戻り、長期金利が一定のプラス領域になることを許容すればよい。資産買入額も少しずつ圧縮してよい。今後長期金利が多少上昇しても、現在の民需主導型回復が崩れることはない。EU経済よりも日本経済の回復の足取りは確りしているのに、日本の出口政策が欧州よりも遅れているという印象を市場に与え、過度の円安を招き、将来の急激な円高のリスクを高めない方がよい。