金融政策の次の展開 (『金融財政ビジネス』2017.5.15日号)
「量から金利」へ操作目標を転換した金融政策の効果がジワリと出て来た。昨年1月から始まった短期市場金利のマイナス0・1%への引き下げ、9月から始まった10年物金利のゼロ%程度の目標設定、これらによって生じた市場のイールド・カーブの一段の低下につれて、銀行貸出金利と社債発行金利の低下が進み、貸出残高の前年比は昨年7〜9月期の2・1%から本年1〜3月期は2・8%へ、普通社債発行残高の前年比は昨年4〜6月期までのマイナスからプラスに転じ、年初には4%台に上がってきた。マネーストック(M3)の前年比は、量的緩和一本槍で来た13〜15年の3年間は、マネタリーベースが著増しているにも拘らず、年平均2・8〜3・0%で横這いであったが、貸出と社債発行の増加につれて高まり始め、本年1〜3月期は3・6%に達した。
このような金融指標の緩やかな加速を背景に、実体面でも鉱工業生産・出荷の前年比が14〜16年上期のマイナスから16年下期以降プラスに転じた。16年度の実質成長率は1・4%(日銀政策委員の見通し)に達しそうである。潜在成長率は1%以下なので、需給ギャップは縮小し、本年2〜3月の完全失業率は、2・8%と、22年振りの2%台(ほぼ完全雇用)になった。原油市況の低迷もあって前年を下回っていた消費者物価(除、生鮮食品)や国内企業物価は、本年の初めから前年を上回り始めた。
日本経済は、14年4月の消費増税以降、2四半期連続してマイナス成長に陥り、14年度全体もマイナス成長であった。政府はこの政策不況を認めたくないためか、景気は12年11月を底に今日まで53か月間上昇し、戦後3番目に長い上昇局面だとしている。しかし実際は、14年度の政策不況で景気後退に入り、15年の底這いのあと、16年初めから緩やかな回復局面に入ったのではないか。その回復が、金融政策の効果もあって、ようやく確りしてきたというのが現状の正しい判断であろう。
さて中央銀行の使命は、昨年11月14日の本欄「日銀の本来の政策目標」で論じたように、「持続的成長で完全雇用を維持し、国民の経済的厚生を高めること」にある。これが金融政策の最終的な政策目標だ。日本銀行は、操作目標を「量から金利」に転換し、実質イールド・カーブを一段と引き下げることによって、ようやくこの最終目標の姿に達することが出来た。これからは、この姿(完全雇用)を出来るだけ長く持続させるのが使命である。
この使命を達成するためには、13〜15年の量的緩和政策の過程で発生し、今後は有害な二つの「重荷」を整理しなくてはならない。
一つは、将来の金利上昇時に、巨額の損失を発生させるリスクのある日銀の膨大な保有資産を、上手に圧縮することである。FRBは既に資産買い増しをやめ、今年中に資産圧縮に入ろうとしている。ECBやスウェーデン中央銀行は、今年に入って資産買い増し額を圧縮し始めた。「量から金利」へ転換した日本銀行にとって、資産買い増しはもはや目標ではなく、金利コントロール上の「メド」である。金利と景気を見ながら、この「メド」を上手に圧縮するのが現在の大きな課題だ。
もう一つは2%の物価目標の棚上げである。物価目標は、最終目標を実現するための「中間目標」であり、既に最終目標を達成している以上、中間目標に固執すべきではない。物価上昇率が安定的に2%を超え、期待インフレ率が2%超に上昇しなければ、現在の成長と完全雇用が維持できないという事はない。むしろ2%超のインフレで「実質」所得が減価し、スタグフレーションに陥って、現在の持続的成長が挫折するリスクの方が高い。
日本銀行が、今後この二つの政策課題を上手に実行することを期待したい。