「自由市場」を守ろう (『金融財政ビジネス』2017.2.13日号)
第2次大戦後、自由諸国はIMF、GATTなどのブレトン・ウッズ体制を発足させ、物、カネ、人の国際的移動の自由化による世界経済の一体化を目指した。大戦の背後に、保護主義による世界経済のブロック化があり、それが領土拡張や植民地獲得の争いになったからである。この自由化、グローバル化のお陰で、全ての植民地と一部の領土を失った資源小国日本が、戦後の高度成長を実現して先進国の仲間入りを果たすことが出来た。冷戦終了後は、更にWTOの発足や多国間のFTAやEPA締結によって、旧共産圏を含む世界全体に、自由市場が広がった。
この過程では、対外資本投資によって先端技術が先進国から途上国に移転し、途上国の輸出拡大によって先進国との経済格差が縮小し、移民増加によって世界の所得格差の縮小も進み、全体として世界経済の効率が高まり、成長率も上昇した。
しかし、同時にこの過程は、先進国の中に深刻な所得格差の拡大を生み出した。企業は自由な資本移動、自由な貿易、安い労働力確保によってビジネス・チャンスを拡大し、収益を著しく伸ばし、企業経営者や資本家の所得の伸びは、大いに高まった。反面、先進国の労働者は、安い賃金で働く移民の増加や、高い技術の企業が安い賃金の国で生産した同質で安価な製品の輸入増加に押され、賃金が抑えられ、失業も発生した。教育を受け、高い技能を持つ者を除き、中間層以下の所得の伸びは抑えられ、ごく一部の企業家、資本家と多くの中間層以下の間で所得格差は著しく拡大した。
この不満がポピュリズムの形で国民投票に反映されたのが、昨年の米国のトランプ大統領当選と英国のEU離脱であった。この結果、米国のTPP離脱、NAFTA再交渉、英国のEU共通市場離脱に見られるように、両国は多国間の自由貿易ではなく、2国間協定による貿易に戻り、移民の流入を抑え、自国企業に対外直接投資よりも対内投資を促そうとしている。戦後営々と築き上げてきた多国間の物、カネ、人の移動自由化は、ここでは逆転しようとしている。
しかし、これによって米国と英国の国民は、低賃金の移民や途上国労働者が作った安い製品は手に入らず、高賃金の自国労働者が作った割高の国産品と高関税を課した割高の輸入品を買わされることになり、実質所得は低下し、経済成長率は下がる。また米国と英国の企業は、グローバルなビジネス・チャンスを十分に活かすことが出来ず、収益の伸びは下がり、これも成長率の低下要因となろう。他方、所得水準の低い国の側では、外資流入と移民のチャンスが減り、発展が遅れるだろう。こうして孤立主義の米国と英国だけではなく、世界全体の経済効率向上のテンポと成長率は下がるに違いない。
軍事、政治、経済の超大国である米国が、すべての国と「アメリカ・ファースト」の2国間交渉をすれば、米国に有利な協定ばかりとなり、自由で公正な多国間競争で得られる世界全体の効率向上は失われるであろう。2国間貿易は世界市場を寸断し、多国間貿易は世界の自由市場を拡大するからだ。
日本は同じ考えのEUと共に、世界の自由市場を護る努力をすべきだろう。米国との2国間協議は、当面やむを得ないとしても、他のTPP加盟国を含むアジア・太平洋諸国と、出来るだけ多国間でFTAやEPAを結ぶ努力をすべきであろう。自由諸国間の国際ルールに従うならば、そこに中国を誘ってもよい。
先進国内の所得格差拡大については、保護主義に戻るのではなく、税制と社会保障の改革で、富裕層から中間層以下にもっと所得移転を拡大することで対処するのが正しい。