金融政策雑観 (『金融財政ビジネス』2016.5.2日号)
金融政策の最終目標は、物価安定を通じて持続的成長・完全雇用を維持することにある。現在日本経済は、ほぼ完全雇用を達成し、過去2年半のコアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く全国消費者物価)で見ればデフレを脱した状態にある。この完全雇用と物価安定を維持することが、金融政策の本来の目的ではないのか。「2%」のインフレ目標は、この最終目標へ至る中間目標にすぎない。高すぎて実現出来ない中間目標に、いつまでもこだわらない方が良い。
マイナス金利政策によって一層の金利引き下げに踏み出したからには、持続性に限界のある「量的・質的金融緩和」政策の規模は縮小し、将来の日本銀行の損失リスクと民間のシステミック・リスクを小さくした方がよい。その上で、マイナス金利政策を中心に金融緩和政策全体の持続性を高める方が賢明である。政策効果の波及経路は、基本的には、ポートフォリオ・リバランス効果ではなく、金利効果だからである。
政策の変更に際しては、サプライズによって市場の動揺と不信を招くのは適切ではない。あらかじめ「市場との対話」を重ねる姿勢に転換した方が、市場の期待を誘導する上でもよい。今回のマイナス金利政策の発表は、前週に国会で実施しないと述べた直後であったため、今後市場は総裁の言うことを信用しなくなるのではないかと心配だ。マイナス金利政策は、銀行収益を圧迫するだけに、事前に行う「市場との対話」が望ましかった。
なお、17年4月に予定されている消費増税は、成長の持続性を危うくする極めて危険な政策であり、中止すべきである。成長が挫折すれば、財政再建は元も子もない。
日本経済を長期的に見ると、生産年齢人口の減少に伴って潜在成長率が低下しているので、超金融緩和の持続によってある程度の総需要拡大を図ることが出来れば、需給ギャップが引き締まってデフレを終わらせることは出来るし、現にそうなって来た。コアコアCPIは、過去2年半前年を上回っている。
しかしデフレが終わっただけでは、日本経済は低い潜在成長率を反映して先進国中最低の成長率を続け、世界やアジアの経済の中で、地盤沈下を続けるだけであろう。その結果、将来の日本の国際的地位は、経済のみならず、政治や安全保障の面でも低下するに違いない。
デフレが終わった後に、日本経済をより高い成長経路に戻すためには、生産性向上のテンポを速める投資を喚起しなければならない。しかし金融緩和には、それを単独で実現する力はない。「量的・質的金融緩和」政策と「マイナス金利」政策で市場の名目金利を押し下げ、人々の予想インフレ率を高め、実質金利をマイナスの領域でかなり低下させても、期待成長率が低下し、将来の海外経済のリスクも大きい現状では、投資の金利弾力性は低く、生産性向上テンポを高めるような投資が十分には出てこないからである。円安・株高で潤った企業収益が、賃上げに十分向かわないのも、期待成長率が低く、リスクが大きいからである。
その上、14年4月の消費増税のショックも加わって、14、15年の日本経済はゼロ成長近傍で低迷している。それでも、インフレ率が2%に達するまで現在の超金融緩和を強化して行けば、日本経済はスタグフレーション的体質を強め、金融システム混乱のリスクが高まるばかりである。金融政策ばかりに頼らず、投資機会を拡大するための、構造改革、規制改革、財政政策の協力があってこそ、持続的高成長の展望は開ける。本年に入ってからの円高・株安転換は、金融政策にばかり頼る日本への、市場からの警告ではないか。