追加金融緩和に反対する (『金融財政ビジネス』2015.10.29日号)

 8月の生鮮食品を除く全国消費者物価(コアCPI)は、前年比マイナス0・1%となった。前年を下回るのは、実に28か月振りである。他方8月の鉱工業生産と出荷は、2か月連続して前月を下回り、7〜9月期が2四半期連続して前期比マイナスとなるのは必至の情勢だ。これは追加金融緩和が打ち出された昨年10月の状況によく似ているので、市場では異次元金融緩和の第3弾が出るのは時間の問題と見る向きが少なくない。
 しかし、日本銀行は第3弾を打ち出さないと思うし、打ち出すべきではないと考える。
 国際原油市況が激しく下落しているので、生鮮食品に加え、エネルギーの価格を除いた全国消費者物価(コアコアCPI)を見ると、最近は前年比上昇率が少しずつ高まって8月は+1・1%となっている。季節調整済み前月比の移動平均を見ると、瞬間風速は年率2%に達している。この方が消費者物価の趨勢を的確に現わしていると言えよう。
 追加緩和に反対するもう一つの理由は、効果が薄く、反面で将来のリスクが大きくなるからだ。追加緩和でベースマネーの増加テンポを速めても、日銀当座預金に溜まるだけで、銀行貸出、ひいてはマネーストックの増加率を高め、総需要を刺激するポートフォリオ・リバランス効果は、これまで同様、ほとんどないのではないか。
 これ迄の異次元金融緩和で、名目金利を下げ、予想インフレ率を高めることによって、実質イールドカーブは短期でマイナス2%弱、長期でマイナス1%弱まで下がったという計測結果がある(日銀ワーキングペーパーシリーズ、15―J―4)。追加緩和があれば、これがもう少し下がるかも知れない。しかし、実質GDPの前年比成長率が、14年にマイナス0・1%、15年上期に0・0%にすぎないところを見ると、消費増税の負の影響があるとしても、この程度の実質イールドカーブの低下が少し進んだところで、総需要を大きく拡大する効果は期待できないのではないか。
 これは、支出の金利弾力性が低下しているからである。生産年齢人口減少に伴う期待成長率の低下、中国経済の減速、ギリシャ問題など内外経済の先行きに大きなリスクがあるため、支出決定における金利の影響力が落ちているのだ。
 また金利低下に伴う円安も、輸出数量増加の効果が小さい。円の名目実効レートが25%以上減価したのに、企業は契約輸出物価を7%程度しか下げず、円建輸出物価を17%以上引き上げて高収益を挙げているからだ。
 追加金融緩和の効果はこのように小さいと考えられる反面、将来金融システムの動揺を招くリスクは、一段と大きくなる。
 14年10月の追加金融緩和(異次元金融緩和第2弾)の結果、本年6月末現在、日本銀行の保有資産残高は362兆円(名目GDP比73%、FRBやECBの同じ比率の3倍弱)に達している。このうち長期国債は245兆円(同50%)ある。同じ時点で、長期国債は預金取り扱い金融機関に260兆円(同53%)ある。大銀行は保有国債の残存期間を極力短期化し、万一長期金利が上昇した時の損失を最小限に抑えようとしているが、資金運用難の地方銀行など中小金融機関は、大量の長期国債を保有したままである。
 追加金融緩和などをしなくても、じっくりと時間がかけて行けば、瞬間風速で2%に達しているコアコアCPIの前年比はもっと上がってくるし、国際原油市況が底を打てば、コアCPIの前年比も上がってこよう。将来2%に達するという自信がつけば、現在のFRBがそうしているように、2%に達する前から慎重に出口政策を探るべきである。