異次元金融緩和の効果 (『金融財政ビジネス』2015.7.30日号)

 日本銀行が、異次元金融緩和の効果について興味深い検証結果を公表した(「日銀レビュー」2015‐J‐8)。
 まず予想物価上昇率の変化は、エコノミスト(ESPフォーキャスト、7〜11年度先)や市場参加者(QUICK調査、今後10年間)の回答では、13年第1四半期から15年第1四半期の間に0・4〜0・5%ポイント上昇した。またトレンドインフレ率の計測によっても、13年第1四半期から14年第4四半期の間に0・5%ポイント上昇したという結果が得られた。
 他方、長期国債市場利回り(10年物)は、13年第1四半期から14年第4四半期の間に0・3%ポイント低下した。従って、実質長期金利は、異次元金融緩和実施後、0・7〜0・8%ポイント低下したことになる。
 次に日本銀行のマクロ計量モデル(Q‐JEM)によって、予想物価上昇率が0・5%ポイント上昇し、実質金利が0・8%ポイント低下した場合の主要変数の変化をシミュレーションした結果と、異次元金融緩和導入直前の13年1〜3月期から14年10〜12月期までの現実の主要変数の動き(主要金融経済指標の実績)を比較し、次のような結果を得た。
 円安、株高、企業収益好転、コアCPI(消費税調整済み)前年比上昇率、名目雇用者報酬上昇率は、実績の方が政策効果のシミュレーション結果より大きく、他方、実質個人消費増加、実質GDP成長率は、実績の方が政策効果のシミュレーション結果より小さい。
 そこで両者に違いが出た理由を考えてみよう。まず円安、株高の実績が大きいのは、今回の円安の一因が異次元金融緩和以前の12年中頃にあったからである。この時、ユーロ圏のソブリン危機がひとまず解決に向かい、世界の投資家がリスク・オンに変わり、安全資産である円から離れた。株高もこの円安を切っ掛けとして始まった。その後12年末から今日までの円安と株高は、異次元金融緩和が大いに影響しているが、これにも少し「おまけ」が付いている。
 中央銀行資産の対名目GDP比率は、リーマン・ショック後、米国とユーロ圏で急上昇したが、日本ではこの時金融危機が起きなかったので横這いであった。実際は、97年の日本の金融危機から05年まで日本だけ上昇したのであるが、世界の投資家はリーマン・ショックの後だけを見て、日本の量的緩和を過小評価していた。その反動が異次元金融緩和後に起こって、円安、株高が大きくなった面がある。更に最近では、FRBが量的緩和を手仕舞いし、短期金利引き上げのタイミングを計っていることも、円安要因になっている。
 この円安によって円の名目実効レートは27%減価したが、企業は契約輸出物価を7%しか引き下げず、円建輸出物価を20%近くも引き上げて政策効果を上回る大きな利益を挙げている。雇用者報酬やコアCPIの上昇は、この高収益のためだ。
 しかし、契約輸出価格をあまり下げないので輸出数量の伸びは低い。実質個人消費は、消費増税のため14年度中は前年比マイナスである。これらの結果、実質成長率の実績は、政策効果よりも低いのである。
 今後これ以上の大幅円安は考えにくいので、株高、企業収益好転は鈍化しよう。実質金利低下の成長促進効果も、引き続き小さいのではないか。人手不足と需給ギャップ縮小は徐々に進んでデフレには戻らないが、果たして2%インフレが常態化するに至るであろうか。