「異次元金融緩和」に正反対の評価 (『金融財政ビジネス』2015.4.13日号)
黒田東彦日本銀行総裁の「量的・質的金融緩和(いわゆる異次元金融緩和)」が始まって2年を経過した。最近その効果を巡って正反対の評価を下す2冊の注目すべき本が出た。野口悠紀雄著『金融政策の死』(日本経済新聞社、2014年12月刊)と浜田宏一・安達誠司著『世界が日本経済をうらやむ日』(幻冬舎、2015年1月刊)である。
野口(以下敬称略)は著書の中で、「日銀が国債を大量に買い上げるため、日銀当座預金が増え、マネタリーベースは増えるが、貸出が増えず、マネーストックもほとんど増えてない。政策は「空回り」している。異次元緩和措置は“ニセ薬”である」と述べている。
これに対し浜田は、景気の回復期に企業が投資活動を進める場合、蓄えたフリーキャッシュフローを取り崩すところから始めるので、それが底をつき始めた時銀行貸出は本格的な増加に転じ、金利は上がり始めると言う。この浜田の主張は、極めて興味深い指摘であるが、統計的裏付けがないのが惜しまれる。
野口が強調しているのは、「デフレが経済活動を沈滞させるという考えは誤り」ということだ。この考えは、名目金利がインフレ率の変化に応じて変動し(フィッシャー効果)実質金利は不変であることを無視した考えで、インフレ率の変化は“いつ支出するか”という決定には影響が及ばないと言う。
これに対して浜田は、予想インフレ率の変化だけ実質金利が変化し、買い控えや買い急ぎという景気変動を起こすという。この点は、フィッシャー効果が即時的(マクロ経済で「合理的期待仮説」が成立)なら野口が正しいが、浜田は「マクロ合理的期待仮説」に懐疑的である。現在の日本を見ると、予想インフレ率は大なり小なり上がっている筈なのに、名目金利に上昇の気配はないので、浜田に歩があるように見える。しかし、異次元金融緩和で日本銀行が大量に国債を買い上げているため、国債流通市場に「玉」が不足し、市場の流動性が低下しているためだとすれば、「金融抑圧」「人為的低金利政策」に近い状況ということになるので、望ましいことではない。
野口は、政府、日銀がこの政策を実行している真の理由は、「財政ファイナンス」を行うことにあると見ている。
浜田は、円安による輸出伸長と株高による消費、投資の刺激を強調している。野口は12年10月中旬から始まった今回の円安の流れは、ユーロ危機が一服してリスクオンとなり、国際資金が円から離れたためであり、12年12月に成立した安倍政権の政策の結果ではないと主張している。しかし、この主張には無理があるのではないか。浜田は、リスクオンが理由なら、円と同じ立場のスイス・フランでも同じことが起こる筈なのに、大幅なスイス・フラン安など生じなかったと指摘している。
株高が異次元金融緩和の影響であることは、野口も否定していないが、その景気刺激効果について、浜田はJ・トービンの「資産の一般均衡論的アプローチ(エール・アプローチ)」を援用している。日本の株高は「トービンのq」を上昇させ、設備投資を刺激するというのである。
野口は「(将来)インフレと資本逃避をもたらす可能性が強く、危険だ」としているが、政策が「空回り」している時に、何故突然そうなるかが不明だ。
浜田の心配は財務省を中核とし、財界、言論界に広がる「財政再建至上主義者」が、財政再建の基本は持続的成長を実現して「税収」を増やすことにあることを忘れ(無視し)、「税率」を上げることに狂弄していることである。
野口も浜田も、根本的対策は、日本経済の構造改革にある点では一致している。