株価調整とアベノミクス (『金融財政ビジネス』2013.6.20日号)

 アベノミクスの第一の矢、「異次元金融緩和」が放たれた4月4日から5月22日まで、急激な円高修正と株価回復が進んだが、翌23日から動きは逆転し、この間の円安と株高の殆んどが吐き出されてしまった。この荒い値動きには、当初言われた「スピード調整」では片づけられない背景があるように思われる。
 一つは、日本銀行がこれ迄よりも長期の国債を大量に買い入れることに伴い、市場の長期金利は下落すると思われていたが、激しい乱高下を繰り返しながら、逆に上昇したことである。銀行の住宅ローンの金利も二度引き上げられた。この金利上昇圧力は、2%のインフレ率を目標とするアベノミクスが打ち出され、人々の期待インフレ率が上昇したためである(フィツシャー効果)。そもそも中央銀行がコントロール出来る市場金利は短期金利だけであって、長短市場間にセグメンティションがない限り(市場が効率的である限り)、期待インフレ率とリスクを反映して動く長期金利を長期国債売買でコントロールすることは出来ない。
 この名目金利上昇から期待インフレ率を差し引いた実質金利は上昇していないので、本来は実体経済と為替相場に大きな影響はない筈だ。また財政再建の尺度である基礎的財政収支からは金利負担が除かれているので、関係ない。本当は、あまり心配する必要のない金利上昇である。日銀は金融機関の運用リスクが高まらないよう、長期金利の乱高下を鎮める介入に注力すればよい。
 もう一つの背景の方が、より基本的な流れである。最近米国の景気が少しずつ確りしてきたため、連邦準備制度理事会の内部で量的緩和の縮小、いわゆる「出口政策」の検討が始まった。景気の回復が予想よりも早ければ米国で期待インフレ率が上昇し、名目金利が一定のままならば実質金利は低下し、ドル安=円高の圧力が懸り、日本の株価は下がる。また「出口政策」の実施が早まれば、これに伴う米国の長期金利上昇と株安が、日本の長期金利上昇と株安にも響いてくるであろう。この心配が、最近の市場変動の底流にあった。
 しかし、幸いなことに5月の米国雇用統計は、「出口政策」が早まる程強くはなく、米ドルや米国株価の下落を引き起こす程には弱くなかった。このため、円高と日本株安の圧力はやや後退し、市場は一時的ながら多少落ち着きを取り戻した。
 三つめの背景が最も深刻である。6月5日の午前中に安倍晋三首相がアベノミクスの第三の矢、成長戦略を打ち出した時、午後の株価は外人投資家の失望売りで、急落した。翌日のウォール・ストリート・ジャーナルに出たニコラス・ベネシュ氏の意見によれば、「市場全体に影響があり、強いインパクトを持つ具体的な政策の提示はなかった」「小規模で限定的な規制緩和と産業を特定した改革のごった煮であり、あまりにも漠然としている」という訳だ。
 外人投資家が期待していたのは、日本の市場経済全体に大きなインパクトを与える大胆な政策、例えば法人税の実効税率引き下げ、現在9年の損金算入期間の米国(20年)、欧州(無期限)並みへの延長によるバイオテクノロジー、再生可能エネルギーなど新規事業の育成と投資促進、正規・非正規の区別のない解雇規制の緩和(結果として出産・育児で退職した女性の再雇用促進)、企業の農地所有の自由化・農業の大規模化・6次産業化、混合診療の解禁などである。
 既得権益を抑えてこれらの構造改革を実施することが出来なければ、異次元金融緩和と一時的財政出動が作り出した円安と株高は萎み、明年度以降の持続的成長が夢と消えて、スタグフレーションと消費税増税に悩む庶民の暮らしだけが残ることになるであろう。(6月13日記)