今回金融緩和の注目点 (『金融財政ビジネス』2013.5.16日号)

 黒田東彦総裁の下で日本銀行が打ち出した「量的・質的金融緩和」には、これ迄の伝統的発想にとらわれない大胆な点が少なからずある。@コール市場の金利水準ではなくマネタリ―・ベースの残高をオペレーティング・ターゲットとし、その2倍増を目指す、Aそのために国債発行額の7割程度を日銀が市場から買い上げる、Bこれに伴って買い上げ国債の残存期間は現在の3年弱から7年程度に伸びる、Cリスクの高い上場投資信託と不動産投資信託の買い上げも増やす、Dその結果日銀資産の対GDP比率は、リーマン・ショック後の金融危機対策として買オペを大きく増やした米欧の中央銀行の比率を、金融危機の無かった日本が2倍以上上回るようになる、Eこれに伴い米欧の通貨に対して円が下落することを許容する、F全体として例を見ない大規模緩和という印象を与え、「期待」の変化を通じる効果を狙う、などである。
 この7つのうち、取り敢えず2つの側面に注目してみたい。
 1つはDとEだ。日本と米欧の中央銀行資産残高やマネタリ―・ベース残高の対GDP比率の推移をみると、日本では金融危機が発生した一九九七年から二〇〇五年まで急上昇し、米欧を大きく上回ったが、金融危機が収まった後にやや低下し、リーマン・ショック後に再び上昇したものの、その水準は二〇〇五年と大差ない。しかし、リーマン・ショックで金融危機が発生した米欧は、初めて二〇〇八年から急上昇した。従って、リーマン・ショック後を比較すると、国内に金融危機が発生しなかった日本の上昇率は、米欧に比べて小さい。
 白川方明前日本銀行総裁は、日本は金融危機を先に経験し、量的緩和を史上初めて実施したいわばフロント・ランナーであり、一周遅れの米欧は、リーマン・ショック時の金融危機発生で、日本と同じ量的金融緩和を実施し、日本の状況に追い付いたのだと語ったことがある。
 しかし、リーマン・ショック後の比率上昇の程度に限ってみれば、日本が米欧より小さかったのは事実であり、そのために日本の円が米欧の通貨に対して円高となり、デフレの一因となったことは否定し難い。今回日本銀行が金融危機の有る無しとは関係なく、今後2年間で、日本の比率を米欧の2倍に引き上げることが、デフレ解消のために必要だと考えたのは、このためであろう。果たして金融市場の機能や将来の「出口政策」に重大な支障をきたすことなく、本当にこれでデフレを解消できるかはまだ分からないが、円高修正は確かに進んでいる。
 もう1つはFだ。金融政策の効果が「期待」を通じて伝わることは確かであるが、その程度は定量的に不確かなので、それに頼るべきではないというのがこれ迄の伝統的な考え方である。今回も、家計や企業の「期待」に直接働きかけ、実体経済における行動を変化させることが出来るかどうかは、まだ分からない。
 しかし、将来の姿に関する「期待」が直ちに現在の姿となって現れる「合理的期待」は、専門家から成る金融市場ではかなりの程度成立する。今後2年間に日本の中央銀行資産やマネタリ―・ベースの対GDP比率が米欧のそれ等に比して飛躍的に高まるという「期待」は、それがまだ実現していない現在の為替市場や株式市場に反映されて、大幅な円安と株高が生じた。この円安や株高が輸出採算の好転や資産効果を通じて企業や家計の支出行動を積極化させれば良いのだが、一部の高額品消費を除けば今のところ見られない。
 @〜Fはいずれも反面で様々のリスクを伴うだけに、深刻な副作用なしにうまく行くかどうかの最終的判定はまだ時期尚早である。