次期日銀総裁の重い課題 (『金融財政ビジネス』2013.2.28日号)

 安倍晋三首相は、次期日本銀行総裁は「より大胆な金融緩和によってデフレ脱却を図れる人」が望ましいと公言しているが、5年間の任期中に直面する課題は、そんな単純なものではないように思われる。金融緩和、財政出動、成長戦略から成る「アベノミクス」の実施を前提に、今後の日本経済を考えてみよう。
 昨年は4〜6月期から10〜12月期まで3四半期連続マイナス成長となったが、今年の1〜3月期から来年の1〜3月期までは、5四半期連続のプラス成長になる公算が大きい。昨年下期にマイナスだった設備投資と輸出がプラスに転じ、家計消費、住宅投資、公共投資は引き続き増勢を保つと見られるからだ。
 このうち、本年4〜6月期以降に見込まれている公共投資の高い伸びは、「アベノミクス」の財政出動(15か月予算)によるものだ。家計消費、住宅投資、設備投資の回復は「アベノミクス」による期待成長率の上昇によるとはまだ言い難いが、金融緩和の下で株価上昇の資産効果が働いているとは言えよう。輸出の回復は、米国など海外経済の持ち直しによる面も大きいが、「アベノミクス」の政策姿勢が生み出した大幅な円高修正による面も少なくないだろう。
 このように景気が上昇に転じる中で、来年4月からの消費税3%引き上げが今年秋には確定し、10〜12月期と来年1〜3月期には増税前の駆け込み需要で家計消費と住宅投資が大きく増加しよう。その反動で来年4〜6月期と7〜9月期には家計消費と住宅投資が大きく落ち込み、マイナス成長に陥るとみられる。
 ここからシナリオは二つに分かれる。もし「アベノミクス」の成長戦略がうまく機能し始めていれば、設備投資と輸出は根強く伸びているはずだから、落ち込みは半年程度で終わり、力強い経済成長が戻ってくるだろう。この時、消費者物価指数(CPI)は消費税引き上げの影響で2%以上の上昇率となっているはずだ。実勢は2%以下だからといって超緩和のまま放っておくのか。次期日銀総裁は、就任2年目にして、早くも大胆な金融緩和からの「出口政策」の可否に直面することになる。
 日銀は過去、政府から円高防止のための金融緩和継続を強く求められ、政策転換が遅れて、72〜73年の大インフレ(74年には石油危機で「狂乱物価」と言われた)と87〜89年の資産バブル(90年以降はバブルの崩壊で「失われた20年」へ)を起こした経験がある。特に、87〜89年の資産バブルは、インフレ率が2%以下で発生したのである。金融超緩和を手じまう「出口政策」ほど難しいことはない。「大胆な金融緩和」を売りにして就任する次期日銀総裁には、「真逆の課題」である。
 もう一つのシナリオは、「アベノミクス」の成長戦略が、うまく始動していないケースである。その場合は、来年10〜12月期以降もずるずると低成長を引きずることになろう。それまでの財政出動で財政赤字は拡大し、消費税率引き上げで財政再建に乗り出したばかりである。再度の財政出動をすれば、日本は財政再建を放棄したと市場に思われ、市場の反乱で国債の値崩れと長期金利の上昇が起きるかもしれない。そうなれば、国債を大量に抱えた金融機関の収益が悪化し、金融危機が起きるかもしれない。長期金利の上昇で金利負担が嵩み、財政赤字が一層拡大する政府は、金融システムの安定を図る公的資金を出せるのか。
 この時、日銀総裁には二つの重責が懸ってくる。一つは金融システムの安定、もう一つは2%を超える物価上昇と景気停滞で発生するスタグフレーションに対する対応である。二つとも「大胆な金融緩和」で対処できるような単純なケースではない。(2月21日記)