政争か政策理念の対立か (『金融財政ビジネス』2012.7.19号)
民主党から分かれた小沢新党は、「国民の生活が第一」のスタンスに立つ09年総選挙の「マニフェスト」を堅持すると言っているが、具体的にはどのような経済政策を次の総選挙で訴えるのであろうか。
野田首相が就任以来指導力を発揮してきた主な経済政策は、環太平洋連携協定(TPP)加盟交渉参加、消費税率引き上げ、停止原発再起動の三つであった。小沢新党はこの三つにすべて反対のようである。
しかし、自民党離党以来今日までの小沢一郎氏の言動を見ると、彼がこの三つの政策に原理的に反対しているとは思えない。
『日本改造計画』『語る』などの著書を見ると、小沢氏は自由貿易論者である。貿易や投資の自由化に立ち遅れ気味な日本が、アジア太平洋地域に自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を張り巡らす戦略に、彼が反対している訳ではない。しかし、いまの対米追随の野田政権が、米国とTPP加盟交渉を進めると、日本に不利なルールを押し付けられる危険があるから反対だとテレビで明確に述べていた。
消費税率の引き上げについても、少子高齢化の下で社会保障制度を維持するには不可避だと考えていることは、著書や講演から窺える。しかしその前に、持続可能な社会保障制度を創り直し、また財政支出の無駄を省いて、中央政府をスリム化すべきだと言っている。経済の基調が弱く、デフレが続いている時には増税すべきではないとも述べている。
停止原発の再起動についても、その進め方を批判しているのであって、いま直ちに原発を全廃せよとは言っていない。
これらの主張を見ると、三つの経済政策のうち、TPP加盟交渉参加と停止原発再起動に対する反対は、政策論争というよりも、多分に政争の貝という印象を受ける。これに対して、消費増税に対する反対は、日本の将来を左右する重大な政策理念の対立であるように思える。
野田政権は当初、持続可能な社会保障制度を作るための消費税率引き上げであり、社会保障と税の「一体改革」だとして今回の法案を提出した。その中核は、09年のマニフェストにあるように、最低保障年金を全額消費税で賄い、所得比例年金は保険料の積立方式によるという制度設計である。これで保険料未納者の生活保障問題を解決し、また現行の賦課方式に伴う世代間の不公平と将来の破綻を避けようとしたのだ。
ところが野田政権は、消費税増税法案を通したいために、マニフェストの年金制度設計を放棄し、自公両党の社会保障法案を丸呑みした。年金制度は現行の賦課方式のままなので、今後消費増税を繰り返さざるを得ない。
野田首相は、消費増税法案を最優先し、持続不可能な年金制度のまま自公両党と妥協したのである。これは無責任であり、小沢新党の09年マニフェストに戻ろうという主張の方が国民に理解されるのではないか。
09年マニフェストのもう一つの大切な主張は、中央官僚の手から、民間と地方自治体に権限を移し、なるべく現場に近い所で、創意工夫の力を発揮させる成長戦略である。各種官営事業の民営化・国有遊休資産の売却・規制緩和等による民間ビジネス・チャンスの拡大、使途を特定しない補助金・交付金を拡大して地方自治体の創意工夫に委ね、中央政府をスリム化する構想。要するに中央の予算コントロールを縮小し、国民生活に近い所に権限を再配分する。
小沢新党は単に野田政権の三つの政策を批判するのではなく、09年マニフェストの大切な箇所を、持続的成長の戦略の中に位置付けて訴えるならば、国民は単なる政争とは見なくなるのではないか。