ユーロ危機の本質 (『金融財政ビジネス』2012.6.11号)

 日本の景気と企業業績は、緩やかに回復しているのに、日本の株価が大きく下がっている。ユーロ危機に伴う世界同時株安の上、円が相対的な安全資産と見なされ、円高が進んでいるためだ。
 ユーロ圏のギリシャなど周縁国では、財政赤字拡大、金融システム不安、実体経済不況の三つの間で、負の悪循環が進んでいる。
 リーマンショック後の景気対策と金融支援で支出が膨張し、景気後退で税収が減った周縁国の財政は赤字が著しく拡大し、EU(欧州連合)やIMF(国際通貨基金)から支援を受ける条件として、財政緊縮政策を義務付けられている。それでも国債の償還不安から、周縁国の国債は市場で大きく値下がりしている。
 この国債の値下がりに伴う保有国債の評価損と緊縮政策不況に伴う不良債権の増加により、リーマンショックで損失を受けた民間金融機関の資産内容は更に悪化し、債務超過に陥るリスクが高まっている。このような時には、九七〜九八年の日本や〇八〜〇九年の米国が行ったように、民間金融機関に政府と中央銀行が果敢に資金を注入して金融システム不安を鎮めるのが常道である。しかし、いまの周縁国政府には、財政緊縮政策の下でその余力がない。
 民間金融機関は、自力で債務超過を防ぐため、顧客への与信を減らし、景気後退を拍車している。その結果、政府の税収は更に減り、財政赤字は一層拡大する。
 この悪循環に出口がない理由の一つは、ユーロ加盟国には為替政策(価格調整)という政策手段がないため、財政緊縮政策という所得調整によって国民の所得水準を引き下げる以外に、双子の赤字を縮める政策手段がないことだ。普通の国であれば、このような場合、為替相場の下落によって輸出が伸び、輸入が減り、対外収支の改善、景気の回復、税収増加と財政赤字の縮小が進む。
 もう一つの理由は、ユーロ圏周縁国に明確な「最後の貸し手」が存在しないことだ。ユーロ加盟国の中央銀行は、ECB(欧州中央銀行)傘下のユーロシステムを構成しているが、自国の信用秩序を維持するために、緊急時にはたとえ無担保でも民間金融機関に貸出を行う権限(日本の「特融」に相当)を持っていない。資金供給は有担保の貸出と買オペであって、適格な担保や債券に窮した金融機関は救済されない。IMF、EFSF(欧州金融安全基金)、ESM(欧州安定メカニズム)の資金援助は政府に対してであって、直接民間金融機関へは行かない。
 このようなユーロ圏を維持する残された道は、財政緊縮政策を条件としたEFSFやESMのアドホックな(その都度行う特別な)政府援助ではなく、ユーロ圏内の対外収支黒字国から赤字国へ財政資金を流す内在的な恒久システムを作ることだ。ユーロ圏諸国の間では、産業構造も生産性上昇率も違い、労働移動にも制約があるので、為替調整の出来ない共通通貨ユーロを持てば、対外収支の恒常的な黒字国と赤字国に分かれるのは当たり前だ。早い話、本州と北海道を二つの国に分けて共通通貨円を持てば、本州は黒字、北海道は赤字になるが、交付税や補助金で国債の発行代金や本州の税収を北海道に流しているから、一つの共通通貨圏日本で居られるのだ。
 ユーロ共同債発行による赤字国へのインフラ投資、ユーロ圏全体の失業保険制度による赤字国への相対的な保険給付増、共通不動産税による黒字国への相対的増税などが対策として考えられる。黒字国民が税金を赤字国民にやりたくないなどと言うのならば、始めから共通通貨圏を作ろうという政治的野心を持たなければ良かったのだ。