「待ったなし」は成長軌道の確立 (『金融財政ビジネス』2012.4.2号)
高齢化の下で社会保障制度を維持するには、消費税率の引き上げは避けて通れないことを国民の過半は認めているが、それが「待ったなし」かと世論調査で問えば、過半はノーと答えるのが現状だ。@消費増税の前に行財政改革でもっと資金を捻出せよ、A大型の消費増税に耐えるほど日本経済は強くなっていない、というのがその理由である。
1997年の通常国会で、時の橋本龍太郎首相は消費増税は「待ったなし」だと強調した。首相の手許には、消費税率を引き上げても94〜96年度と3年間続いたプラス成長は97年度以降も続く、という経済見通しが経済企画庁(当時)から提出されており、また大蔵省(当時)からは、巨額にのぼる不良債権の存在は報告されていなかった。橋本内閣は、消費税率2%引き上げで5兆円、所得税定率減税打ち切りで2兆円、社会保障の国民負担の増加で2兆円、公共投資削減で4兆円、合計13兆円の財政赤字を一挙に削減する97年度予算を成立させ、執行した。
結果は、97年度がゼロ成長、98年度がマイナス成長となり、大型金融倒産を含む金融危機が発生した。景気の悪化で97年度の税収は1・8兆円しか増えず、財政赤字は2・1兆円しか減らなかった。翌98年度には逆に、税収が4・5兆円減り、財政赤字は10・4兆円も増えた。この時から日本の政府債務残高対GDP比率は先進国中最高となり、成長率は最低となり、デフレが始まった。
97年秋にアジア金融危機が発生したが、97年度と98年度の純輸出は、共に成長に対してプラスの寄与をしており、これがマイナス成長の原因だという説は誤りである。
橋本首相にとって「待ったなし」だったのは、財政赤字削減ではなく、94〜96年度と3年間続いたプラス成長を97年度以降も維持し、不良債権の処理を進めて金融危機を防ぐことであった。そうすれば、税収も徐々に増え、財政再建も少しずつ進んで、消費増税に耐え得る経済体質も出来たであろう。
いま野田佳彦首相も消費増税は「待ったなし」だとして、消費税率引き上げを14年4月に3%(8兆円弱増税)、15年10月に2%(5兆円強増税)、合計1年半に5%(13兆円強増税)実施する法案を準備しているが、13兆円の赤字縮減額は橋本緊縮予算と同額だ。その上復興債償還のための10・5兆円増税が法人税、所得税、個人住民税にかかって来る。
日本経済は、果たしてこれらの増税に耐えられるのか国民が心配するのは、当然ではないか。3月に終わる11年度の成長率は、東日本大震災やタイ大洪水の影響により、若干のマイナス成長になる蓋然性が高い。12年度はその反動と、約20兆円の復興予算の効果で大きく成長率が高まることが期待されていたが、見通しは政府が2・2%、日銀は2・0%、民間の平均は2%弱である。その上、大増税直前の翌13年度には、日銀も民間も1%台半ばの成長率に早くも鈍化すると見ている。これで14〜15年度に13兆円の消費増税を実施したらどうなるのか。
いま「待ったなし」なのは、消費増税ではなく、復興予算の効率的な執行、復興を助ける規制緩和、成長戦略の精力的な実践などによって、日本経済を確りした成長軌道に乗せることだ。その上で、復興増税の影響も見ながら時間をかけて小刻みに消費税率を引き上げて行くことだ。例えば5年かけて1%ずつ引き上げれば、買い急ぎが5年間続くので落ち込みは小さく済む。その間に経済が予想外に下振れすれば、引き上げを一時停止することも出来る。1年半に一挙に13兆円強の消費増税を行わなければならない程、日本は切羽詰まっていない。もしそれで経済が沈滞し、税収の落ち込みで赤字が逆に増えたら、破滅ではないか。