野田総理の「豹変」 (『金融財政ビジネス』2012.1.30号)

 協調を旨とし、慎重な政権運営を心掛けてきた野田総理が、「君子豹変」したように見える。昨年12月29日夜の民主党税制調査会合同総会に、総理自ら出席して行った発言要旨を新聞で読み、そう感じた。山内昌之東大教授も、「首相の言葉に強い意志を感じた」(読売新聞12月30日付)とし、首相は宰相として初めて存在感を示したと述べているが、同感である。この日、合同総会は深夜に至って原案を了承し、翌30日、政府税制調査会で「社会保障と税の一体改革素案」がまとまった。
 かねてこの欄で指摘しているように、首相が融和より決断を重視し、指導力を発揮しなければ解決できない経済的課題は、少なくとも三つある。TPP(環太平洋連携協定)加盟交渉参加問題、増税問題(復興債償還のための増税および社会保障と税の一体改革のための増税)、および停止原発の再稼働問題、である。これらは、いずれも国論を二分するような賛否両論があり、そこに複雑な利害関係が絡む。
 昨年11月、野田首相がねばり強い押しでTPPの交渉参加に漕ぎ着けた時、首相の政治的取り組み姿勢が変わってきたのではないかと感じたが、今回の増税問題で「豹変」が決定的となった感がある。
 「社会保障と税の一体改革素案」は、3月に法案として通常国会に提出する前に野党に提示し、与野党協議で話し合いがつけば、法案提出前の修正もあり得るとしている。
 これに対して自公両党は、協議を拒否している。昨年同様、3月末に特例公債法案など予算関連法案を参議院で否決する構えを取り、一体改革法案もその中で審議せず、政府を窮地に追い詰めて解散、総選挙に持ち込もうという戦略だと伝えられる。そうなれば、選挙の大きな争点が消費税率引き上げの是非となり、自公両党は増税反対の立場で支持を集め、勝利できると考えているようだ。
 しかし、自公政権(麻生首相)の下で、2009年の通常国会で成立した改正所得税法の付則104条には、消費増税に向け「11年度までに必要な法制上の措置を講じる」と書いてある。それなのに、11年度末の今年1〜3月に、消費税引き上げ法案について民主党と協議せず、法案提出後の成立を阻むとはどういう事か。また谷垣自民党総裁は、2010年参院選で、消費税率10%への引き上げを公約し、この方針を押し進めると言ったではないか。この方針にようやく民主党が乗ってきた時に、協議を拒否するとは何事か。
 大新聞の社説では、「野党はテーブルにつけ」(1月5日付朝日新聞)、「“消費税”を政争の具にするな」(同日付読売新聞)、「自公に消費税協議を拒む理由はない」(1月12日付日経新聞)という調子で、珍しく自民、公明両党を批判している。国民の多くも、同じ思いであろう。
 国民が与野党協議に期待している点は、少なくとも二つあると思う。
 第一は、消費増税の前に、もっと徹底した行財政改革で無駄を排除することについて、与野党が合意し、実行に移して欲しいという事だ。国会議員の定数削減、公務員の人件費削減は自ら身を切る象徴的な、しかし小さな支出削減であるが、国の地方出先機関の統廃合、特別会計とその先にぶら下がる独立行政法人の整理などは、もっと大きな無駄の排除になる。
 第二は、「経済状況等を総合的に判断」して景気が悪化した場合には消費増税を停止するという、いわゆる「停止条項」の中身だ。与野党でもっと詰めた議論をし、法案に書き込めないまでも、成長率などの具体的目途を文章に残しておくべきだ。
 自公両党はこの2点について主張を明白にする方が、前言を翻して増税に反対するよりも、国民の支持率が上がるのではないか。