法人減税と個人増税 (『金融財政ビジネス』2011.11.28号)

 野田首相と民主党幹部の巧みな党運営によって、日本はTPP(環太平洋経済連携協定)加盟交渉の参加に漕ぎ着けた。日本の動きを見て、他の環太平洋諸国もTPPに関心を強めているようだ。
 遅れていた諸外国とのEPA(経済連携協定)を日本がネットワークの形でTPPという場に構築し、拡大することが出来れば、世界経済成長の5割の寄与率を持つアジアの新興国・途上国の内需を取り込む上で大きな成長戦略上の前進になる。
 加盟国、とくに米国との個別品目交渉を控えているのでまだ予断は許さないが、日本の国益のために、野田内閣と民主党は、全力を挙げてTPPの締結を実現して欲しい。幸い国際世論も、いまのところ日本に味方しているように見える。11月16日付のウォール・ストリート・ジャーナルは、「日本がとことんやり抜く政治的意志を持っていれば、TPPの最大の勝者は日本になるだろう」と前向きの評価だ。ある米国の当局者は、「鳩山政権を突き放し、菅政権を無視したが、野田政権とは真剣に関係を成功させたいと思っている」と述べたそうだ(11月13日付朝日新聞)。
 政権交代後三代目となり、民主党政権もようやく日本の国益を背負って確かな歩みを始めたように見えるが、10月27日付の本欄「野田首相に求められる3つの“決断”」で述べたように、これから野田首相が決断すべき重要な経済の課題は、TPP問題の他にも、少なくとも二つある。増税問題と停止原発の再稼働問題である。いずれもTPP問題と同じように、民主党内と野党に賛否両論が渦巻いており、野田首相の決断と指導力が問われる。
 このうち増税問題については、野田首相の下、民主党税調幹部のねばり強い党内調整と野党折衝によって、大体の方向が固まってきたように見える。その中身は、TPP問題と同じように、所得再分配よりも成長促進(経済効率)に重きがあるように見受けられる。これは意外と思う人がいるかも知れない。自民党政権であれば、財界寄りであるから、自由貿易と法人減税で経済発展を図るのは当然であろう。これに対して旧社会党や社民党のような革新勢力は、国内産業保護と所得税減税で所得再分配に重きを置くであろう。
 しかし、民主党はこの両者の中間に在って、自民党寄りの政策を採ろうとしている。国を開くTPP参加がそうであるが、増税問題も企業優先に見えるからである。
 まず法人税の実効税率(現行30%)は、当初の本年度税制改正案通り、23年度から25・5%へ引き下げられる。次に復興債償還のための増税として、24年度から3年間、法人税に付加税10%を課す。この結果、3年間の実効税率は28・5%に上昇するが、その後27年度からは25・5%へ戻る。現行の30%から見れば、一貫して減税である。
 これに対して個人所得税には、25年1月から25年間、復興債償還財源として付加税を課す。こちらは25年間増税である。また、これとは別に高齢化に伴う社会保障支出の拡大を賄うため、2010年代中頃までに(多分総選挙後の14年以降)、消費税率を段階的に10%へ引き上げる。
 この社会保障目的税としての消費税率引き上げは個人の負担となるが、復旧・復興のための増税も個人が担い、法人は経済発展のために減税される。日本がTPPに参加してグローバル化した世界経済に飛び込む以上、法人実効税率を諸外国並みに下げなければ競争にならないという判断であろう。相変わらず国内産業保護で国を閉ざし、構造改革を拒否し、経済と国民生活を停滞させるわけにはいかないという判断でもあろう。だから法人減税・個人増税なのであるが、民主党支持層はこの辺りを理解しているのかどうか少し心配になる。