野田首相に求められる三つの「決断」 (『金融財政ビジネス』2011.10.27号)
野田政権は、鳩山・菅政権に比べると、これまでのところ安定感がある。融和を重視し、慎重な運営に心掛けているからであろうか。しかし、年末にかけて、融和よりも決断が求められ、慎重よりも果断な裁定が求められる課題が並んでいる。マクロ経済に限って言えば、少なくとも次の三つがそれである。
第一は安全停止原発の再稼働である。9月15日付の本欄「節電は復興の足枷」に書いたように、7〜9月期は電力使用制限の結果、復興需要と輸出需要を国内生産で賄いきれず、輸入は増加し、成長率は期待した程高まらず、貿易収支は4〜6月期に続いて赤字になったと見られる。
十分な安全対策を講じ、地元の了解を得て停止原発を再稼働しないと、今後も冬と夏を中心に電力不足基調が続き、内閣の最大の使命である経済の復興、発展が妨げられるであろう。その穴埋めは再生可能エネルギーの開発では間に合わないから、火力発電を増やさざるを得ず、エネルギー源の海外依存度が高まり、地球温暖化対策とも矛盾する。
更に、安全性の高い新しい型の原発の研究と開発を続けなければ、日本は世界最高水準の原発技術を放棄し、「原子力利用を模索する国々の関心に応える」(野田総理の国連演説)という国際公約にも反することになる。原発の比重は下げるが、原発の中止が目標ではないという「決断」が、いま求められている。
決断を要する第二の課題は、増税の時期である。野田総理はかつて「経済成長なくして財政再建なし」「財政再建なくして経済成長なし」と述べた。しかし前者は常に真理であるが、後者は必ずしも真理とは限らない。経済の復興、成長が自律的な軌道に乗らないうちに財政再建(財政赤字減らし)のための増税を行えば、そのデフレ効果で復興、成長の芽を潰すからである。
日本は1997年度に13兆円の赤字縮小予算を執行し、97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長となり、金融危機が発生した。この時から「期待成長率」が低下し、日本経済のデフレが始まり、成長率は先進国中の最低となり、政府債務残高対GDP比率は先進国中の最高となった。
野田首相は、正しくは「財政規律なくして経済成長なし」と言うべきである。「財政規律」とは、財政赤字の拡大を放置しないというディシィプリンであり、人々の「期待成長率」は低下しないだろう。
「2010年代中頃までに消費税率を段階的に10%まで引き上げて高齢化に伴う社会保障支出の拡大を賄う」とか、「復興債は経済状況を見ながら政府資産売却と時限的増税で償還する」と決めるのが、「財政規律」である。日本経済が自律回復の軌道に乗る来年度いっぱいは、この二つのルールだけを決めて様子を見るのが賢い態度であろう。増税を巡る党内対立を収めるには、この「決断」しかないのではないか。
第三に決断すべき課題は、TPP(環太平洋経済連携協定)加盟交渉への参加である。現在、世界経済の成長寄与率は、先進国が3割を切り、アジアの新興国・途上国が5割に近づいている。このアジアの内需を日本に取り込むため、諸外国に遅れを取っているFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の網をアジア諸国を中心に張り巡らすことに異論のある人は少ない。いま対立しているのは、その網の場所として、TPPを選択して交渉を始めることの是非である。TPP以外の場所としては、ASEAN(東南アジア諸国連合)+3(日中韓)が考えられるが、まだ気運は高まっていないし、中国との対立を考えると政治的にも優れた選択とは思えない。
TPP参加問題については、コメのほか、幅広い分野の交渉状況を丁寧に説明して誤解を解き、交渉参加の「決断」を下すべきではないか。