前途にある不確実性 (『金融財政ビジネス』2011.6.13号)

 東日本大震災のあと、日本経済は4〜6月期に大きく落ち込み、7〜9月期に底入れし、本年度下期から来年度にかけて本格的な回復が始まるとする見方が多い。しかし、前途には大きな不確実性がある。
 大震災に伴う被災地の社会資本と企業設備の喪失、全国のサプライチェーン(材料・部品の供給ネットワーク)の寸断、東日本の電力不足などの供給ショックによって、目先は生産活動が大きく低下し、国内外への出荷が落ち込んでいる。これが需要面でも、雇用と時間外賃金の減少による個人所得の低下と節電に伴う消費マインドの委縮によって家計支出を下落させている。
 問題は、このような供給面、需要面の悪影響がいつ迄続くかについて、大きな不確実性が存在することだ。4月25日の本欄で指摘したように、安全停止中の原発の発電能力を電力需要ピーク時の夏に使うかどうかによって、7〜9月期の経済回復力は大きく違ってくる。
 供給制約解消の実績と見通しは、目先7〜9月期の動向を左右するのみならず、年度下期以降の企業マインドと消費マインドを左右し、中期的な日本経済の成長力に対する予想にも響いてくる。その結果、企業の生産拠点の海外移転や国内の設備投資の規模が変わり、中期的な復興需要の大きさを左右するであろう。また、家計の消費態度や住宅計画に響き、中期的な家計支出のトレンドも左右されるであろう。
 もし供給制約による本年7〜9月期と10〜12月期のもたつきが企業と家計のマインドに響き、来年以降の期待成長率が下がると、企業の投資、雇用、賃上げは抑制され、家計支出は停滞し、現実の成長率も下がってしまう。
 期待成長率に響くもう一つの大きな心理的要因は、6月末に決まるとされている復興構想会議の「青写真」と、政府の「税と社会保障の一体改革」であろう。後者は財政規律を重んじ、一定の消費税率引き上げ構想を含むことは当然予想される。しかし、それが前者の復興の「青写真」にも投影され、復興後の被災地と日本経済の明るい姿を描くよりも、増税による「復興国債」償還の話にスポットライトが当たると危険である。
 国民を励ます復興の「青写真」も出来上がらないうちに、支出を抑制する増税の話をするとは何事か、という国民の怒りの声が、既に新聞の投書欄に出ている。
 復興の「青写真」と「税・社会保障の一体改革」は、前者が中期、後者は長期の課題として明確に区別し、両者を別勘定で処理すべきである。前者の勘定は一回限りの赤字拡大と中期的な赤字解消、後者の勘定は長期的な赤字トレンドの縮小である。両者を合わせた財政全体が一時的に悪化しても、それが前者の一回限りの赤字拡大の反映であり、後者の着実な赤字縮小トレンドが確保されていれば、恐れることはない。
 財政全体の目先の赤字拡大に脅え、早々と増税を打ち出すのは愚策である。いま一番大切なことは、中期的な財政の悪化に耐えて、長期的に財政を改善していく日本経済の底力を示すことだ。
 最後に海外環境の不確実性も見逃せない。米国では家計の過重債務が解消していない中で、住宅価格の低迷が続き、雇用情勢の改善は遅々としている。EU諸国では、周縁国のソブリン問題を巡る懸念が、金融市場の動揺を通じて実体経済に下押し圧力を加え、それがソブリン問題に跳ね返る悪循環が続いている。
 また、原油や食料品の値上がりは、一方では資源国の景気過熱とインフレのリスクを高め、他方では日本など先進国を含む非資源国の交易条件悪化と輸入インフレによるスタグフレーションのリスクを高めている。これらも大きな不確実性である。