大震災をビッグ・プッシュに (『金融財政ビジネス』2011.4.25号)
不確実性とリスクに満ちた市場経済では、企業が先行きについて弱気の期待を持つと(期待成長率が下がると)、それに見合った投資と雇用しかしないので、期待が自己実現的となり、低い成長経路に陥ってしまう。
1997年度の超緊縮予算とアジア金融危機によって、97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長となり、拓銀、山一証券、日長銀などの大型金融倒産を含む戦後初の金融危機が発生した。この時、日本企業の先行き感は一斉に弱気となり、設備、雇用、債務の三つの過剰解消に努め、自らを低成長に適応した経営体質に変えた。その結果、企業収益率はバブル期のピークを上回るほど回復したが、日本経済の潜在成長率は先進国中最低の1%台に低下し、賃金が下落してデフレの中をさ迷った。
弱気期待が生み出したこの「悪い均衡」(低い均衡成長経路)から「良い均衡」(高い均衡成長経路)へ戻るには、外的ショックにせよ、政府の政策にせよ、企業の期待を変える「ビッグ・プッシュ」が必要である。
今回の東日本大震災は犠牲者、被災者にこの上ない不幸をもたらしたが、この悲劇からの復興を国づくりの転機とし、皆で力を合わせて、「弱気」を吹き飛ばす「ビッグ・プッシュ」にできないものであろうか。
それには、日本の最先端技術をフルに活かし、世界のモデルとなる安全で快適な次世代型地域社会の建設計画を民間の知見を活かして政府が作り、国民がその実現性を信じて総力を挙げて努力する必要がある。
目先心配なのは、サプライ・チェーンの復旧と電力不足の解消がいつになるかだ。7〜9月期にこの二つの問題をクリアしていれば、補正予算と民間の努力で7〜9月期から経済は上向いてくるであろう。
東電は、今夏のピーク需要の予想5千5百万〜6千万`hに対し、供給力回復の目標は5千2百万`hで、3〜8百万`hの不足が見込まれるため、大口顧客には法律に基づく25%減の使用制限、小口顧客には20%減のお願い、家庭にも電力節約の呼び掛けを強化するという。
在庫減少の補充を含む内外からの需要急増に夏の間に応えられないと、グローバルなサプライ・チェーンは日本で切れたままで、多くの顧客を世界市場で失うであろう。復興需要を背景とするGDPの回復も、夏過ぎまでは本格化しないであろう。
東京電力の供給回復計画は、火力発電の復旧と電力他社、電力供給業者、自家発電を持つ企業からの電力融通である。大震災後、東京電力の原子力発電所のうち、4基が運転中、13基が運転を休止している。福島第1原発の1〜4号機は廃炉にするほかないが、休止中の残りの9基は比較的新型で発電容量の大きい福島第1原発の5、6号機、福島第2原発の1〜4号機、柏崎刈羽原発の2〜4号機で、震災発生時に定期検査で運転停止中であったり、震災発生に伴い自動停止したため、現在は冷温停止中で水位は制御され、冷却材の漏洩はなく、圧力制御室の平均水温は100度未満に保たれている。9基の出力合計は、958・4万`hで、今夏のピーク時の推定不足電力3〜8百万`hを上回っている。
福島第1原発の1〜4号機が制御不能に陥り、国民に大きな損害や不安を与えていることを考えると、原子力発電設備の再稼働を口にするのは不謹慎の誹りを免れないかもしれない。しかし日本の将来を考えた時、使える原子力発電能力を使わず、復興需要を賄えず、世界市場への供給責任も果たせず、経済活動の停滞が長く続いてよいものであろうか。
これは東京電力の一存では出来ない。政府(政治)の決断が必要だ。感情的な原発反対ムードに流されず、津波対策を中心に非常時に備えた対策を十分に強化し、経済復興のため原発再運転について国民の理解を得る努力をするべきではないか。