消費増税は財政再建策ではない (『金融財政ビジネス』2011.2.10号)
日本の社会保障システムの危機と財政の危機の原因を少子高齢化・人口減少に求め、消費税増税によって二つの危機を解決しようという議論がある。しかし二つの危機の原因は重複する部分もあるが、基本的には異なっている。基本的対策は別々の政策を用意すべきである。
保険方式と税方式の折衷である現行の社会保障システムが、少子高齢化に伴う保険料収入の減少と給付額の増加によって立ちいかなくなり、その対策として税方式の拡大が狙上にのぼるのは自然の流れだ。増税の対象として法人課税ではなく個人課税が、後者では所得税・資産税ではなく消費税が選ばれるのも合理的だ。個人課税のうち補足率の不公平が小さく、課税ベースが広く、税収の変動が少ないのは消費税だからだ。
あとは、消費税増税前の国民が納得する行政支出の無駄排除、逆進性対策としての食料品、教育費などの低税率、毎年1%ずつの小刻み税率引き上げによる景気抑制効果の極小化、一般会計中の消費税収の別勘定整理による社会保障支出への全額充当、などの政策設計が望ましい。
これに対して、日本の財政危機は、少子高齢化に伴って社会保障支出が毎年1兆円拡大することが一因であるが、そのために政府債務残高の対GDP比率が先進国中最高となった訳ではない。日本の政府債務対GDP比率は、一九九六年頃まで「粗」比率では先進国とほぼ同じ100%以下であったし、「純」比率では主要国よりも低かった。それが98年から急上昇し、「粗」比率でも「純」比率でも先進国中最高となった。
96年度と言えば、バブル崩壊後の不況から抜け出し、94〜96年度と3年連続して平均2%強の成長をした時期だ。しかし、翌97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長である。
何故か。橋本政権が財政再建は焦眉の急だと称して、消費増税5兆円、所得増税2兆円、社会保障負担増2兆円、計9兆円の国民負担増加と4兆円の公共投資削減、合計13兆円の財政赤字削減を組み込んだ97年度予算を執行したからである。
この時期を境に、日本の中期的な平均成長率、人々の期待成長率、現実の潜在成長率は1%前後に落ち、企業はこの低い成長率に見合った設備投資と雇用しか行わず、賃金の引き下げを図った。雇用者報酬は、97年度をピークに下がり続け、現在もピーク比マイナス9%である。
これで消費者物価が下がらなければ不思議というものだ。雇用者報酬の下落を反映して、商品もサービスも値下がりを続けた。消費者物価のコアインフレ率でみて、毎年物価が下がり続ける「デフレ」は、98年度から始まり今日も続いている。
前述のように、政府債務残高対GDP比率は、96年の時点で先進国の中で高かった訳ではない。それにも拘らず、97年度予算で性急に13兆円の赤字縮小を企て、その結果人々の期待成長率と現実の潜在成長率を1%前後に落とし、更にデフレで名目成長率をもう一段引き下げた。これでは税収が伸びる筈はない。
96年度に52兆円あった一般会計の税収は、97年度の大型増税にも拘らず2兆円増の54兆円にとどまり、これをピークに以後成長率の低下を反映して年々低下し、来年度当初予算でも41兆円にとどまっている。これが98年度以降、財政赤字の対GDP比率を10%前後に拡大し、粗債務残高の対GDP比率を200%まで高めた根本的な原因である。これは少子高齢化・人口減少のせいではない。
現在日本の財政赤字対GDP比率は、ギリシャなどEUの問題国や米国、英国より低く、財政再建を中期的に処理する余裕がある。官民一体となって全力で新成長戦略を実践し、中期的に期待成長率、潜在成長率を高め、デフレを収束し、企業収益と雇用者報酬の増加を通じて税収を伸ばすのが財政再建の王道である。