デフレ克服は緊急の課題か (『金融財政ビジネス』2010.3.25号)
「デフレ克服」は、マスコミや市場関係者、一部の政府要人が言うほど、今の日本経済にとって優先順位の高い政策目標であろうか。
デフレ(物価の持続的下落)で景気が悪化するのは、販売価格の下落によって収益が圧迫され、企業が雇用・賃金や投資の抑制を図るからである。それが更にデフレを促進すれば、デフレ・スパイラルになる。
しかし、昨年10〜12月期の「法人企業統計」によると、デフレ下で、全産業の経常利益は前年比+102.2%も増加し、売上高経常利益率は3.1%と04年度の平均水準まで回復している。これはデフレで「産出価格(販売価格)」が下落しても、同時に原材料価格や賃金などの「投入価格」も下落しているからである。企業部門全体の投入価格は名目賃金と輸入物価によって構成されているが、「毎勤」の現金給与総額(全産業)の前年比は08年下期以降毎期下落しているし、日銀の輸入物価指数の前年比も国際商品市況の反落と円高によって、08年第4四半期から09年第4四半期までマイナスであった。
デフレで景気は後退し、インフレで景気は上昇すると当然のように語る人が多いが、経済学の教科書では当然ではない。インフレで景気が上昇するのは、産出価格の上昇率が投入価格のそれを上回って収益が好転している間だけで、それが逆転すると収益は逆に悪化し(スタグフレーション)、長期的には産出価格と投入価格の上昇率は等しくなって、インフレは景気に中立的となる(自然失業率仮説)。
同様にデフレが不況要因となるのは、産出価格の下落率が粘着的な投入価格の下落率を上回っている期間だけであり、両者の下落率が逆転すれば景気上昇要因に変わり(現在のようなデフレ下の収益好転、景気回復)、長期的には景気中立的となる。
デフレは資金不足部門から資金余剰部門に所得移転を起こすので、家計には有利であるが、企業が資金不足部門であると不利である。しかし「資金循環勘定」をみると、非金融法人企業は、98年以降、資金不足から資金余剰に変わっている。間違いなく不利なのは、公共部門である。
またデフレは年金生活者のような定額所得者には有利、賃下げのあり得る変動所得者には不利である。
しかしこれらの所得移転は必ずしも不況要因とはいえない。デフレが好ましくないのは、不況をもたらすからというよりも、デフレの原因であるマクロ経済の需要不足が雇用悪化や賃金引き下げ、投資の減少をもたらすからだ。従って、政策のターゲットはデフレそのものというよりも、その原因である需要不足である。
人々の目がデフレそのものに釘付けになっている間に、マクロの需給状況の方は予想以上に好転している。09年10〜12月期の実質GDP(2次速報)は、前期比年率+3.8%増加し、09暦年の成長率は−5.2%となった。本年1月のIMF見通し−5.3%よりも上振れした。10暦年の成長率は、これで1.1%のゲタを履いたので、実績はIMF見通しの+1.7%を上回るであろう。
政府の経済見通しは、10年度の成長率を+1.4%としているが、これも低過ぎる。これを前提に10年度の完全失業率を5.3%としているが、これもあり得ない。本年1月現在、完全失業率は既に4.9%に低下しているからである。
このような弱過ぎる経済見通しを信じ、それがデフレのせいだと考えて、いま一段の金融緩和を主張するのは間違っている。デフレの背後にあるマクロの需給改善こそが最優先課題である。低炭素化に資する設備投資や新製品・サービスの開発支援、消費者の購入優遇、アジアの内需を取り込む輸出や直接投資の環境整備などの政策努力を強化することによって需要不足を解消すれば、デフレも自ずと収まるであろう。