損金繰越期間を14年以上に (『金融財政ビジネス』2010.11.29号)

 来年度の法人税制改革について、政府税制調査会と民主党税制改正PTで検討が進んでいる。成長戦略の一環として、国際的にみて高い法人税の基本税率を、5%引き下げようという点は固まったらしい。しかしその財源を巡って、さまざまの議論がでている。
 法人税を5%下げた場合、政府は国税で1・4兆〜2・1兆円の減収になると試算している。政府はその財源として、租税特別措置や減価償却制度の根本的見直しによる課税ベースの拡大、欠損金の繰越控除の上限設定など10項目で最大2・6兆〜4・5兆円を捻出する案を出してきた。勿論政府は始めからこの案を全部実現する積りはなく、業界との話し合いで、法人税引き下げに必要な額に軟着陸する腹積もりのようだ。
 法人税率引き下げの財源を、法人増税で賄うこの案に対して、経団連の米倉会長は「減税と引き換えに課税ベースを拡大するなら、もう結構と言わざるを得ない」と猛反発した。しかし、五十嵐財務副大臣(税制担当)の「効果の薄い租税特別措置をやめて、税率をあまねく引き下げた方が成長と雇用を促進する効果がある」という考え方の方が正論だ。米倉会長は交渉の駆け引きとし、先ず強く反発したのであろう。
 その後双方は少しずつ歩み寄っているようだ。政府は租税特別措置の目玉ともいうべきナフサ免税の縮小を諦めた。国際的にもナフサ減税は一般化しているからだ。同じく課税ベースを大きく浸食している研究開発減税についても、政府は特定の業種・企業に偏り過ぎているとしているが、経済界の維持・拡充の要望は強い。政府は特別償却の廃止などを含め、租税特別措置の整理で、1兆円近い財源を確保したいようだ。
 他方、経済界は減価償却制度や受取配当の益金不算入制度の見直し、欠損金繰越控除の上限設定については、譲歩する構えをみせているようだ。減価償却については、既に設備投資促進策として大幅に加速度化しているし、また受取配当だけを優遇するのは、預金、債券等他の資産運用との間で中立性を欠いているので、この二つで譲歩するのは賢明かもしれない。
 これに対し、議論が煮詰まっていないようにみえるのは、欠損金繰越控除の上限設定である。私は本誌4月26日号の本欄で「欠損金算入期間の延長と上限設定を」と題して提言した。政府がこの考え方を取り入れ、経済界も受け入れに傾いていることは喜ばしい。しかし現状では法人税減税の財源対策としての上限設定だけが先走り、期間延長の意味が十分議論されていないようにみえる。
 繰越欠損金の控除は当期利益の50%までで、残りの50%の利益については法人税を納めるという政府案を23年度に実施すると、22年度が大幅な増益なので、私の試算では5千億〜1兆円の増収が期待できる。多額の欠損金を抱えているため、大幅な黒字に転換していながら一文も税金を払わない大銀行や鉄鋼大手などが社会的責任を果たすことになる。この上限設定は、ドイツやオーストリアでも増収策として行われている。
 しかし、両国の場合欠損金算入期間は無期限なので、その効果は法人税収の前倒し平準化にとどまり、企業の税負担は増えない。ところが日本の算入期間は7年である。従って、50%の上限設定の場合、算入期間を14年以上に延長しないと、企業の税負担が増え、また繰越税金資産の取り崩しで自己資本が毀損する悪影響がでる。
 この悪影響は、黒字転換までに長期を要するバイオ、新エネルギー、環境、医療機器、情報通信、大型農業などの成長戦略産業でとくに大きい。成長戦略の一環である法人税改革が、成長産業に打撃を与える愚を犯さないために、今後は算入期間の延長を真剣に検討して欲しい。