菅首相はどこで間違えたか (『金融財政ビジネス』2010.8.12号)

  菅首相の唐突で不用意な消費税率10%引き上げ発言で、民主党は参院選に大敗し、ネジレ国会という大きな重荷を背負った。この責任問題は9月の代表選で決着しよう。
  3年後の総選挙までは無駄の排除に全力を挙げ、消費税率の引き上げはしないという公約を破った背景として、以下の5点が浮かんでいる。
  @財務大臣時代に財政再建が喫緊の課題だという財務官僚の「良き理解者」に変身した。これは故橋本龍太郎首相と同じだ。A私的ブレーンから消費税率を上げても雇用増加策に使えば成長と両立するというアイデアをもらった。B自民党が消費税率10%引き上げを公約したため、同じ事を言えば参院選の焦点がぼけて有利だと誤算した。与党と野党では発言の重みが違うことに思い至らなかった。C消費税増税を掲げて参院選に勝利すれば、政治的に難しい消費税率引き上げを実現する長期政権となり、菅大宰相の名が歴史に残るという政治的野心があった。
  最後に菅首相の背中を押したのは、D6月のG7・G20における財政再建最優先の雰囲気である。日本も消費税率の引き上げで財政再建に踏み出さないと、国際的信用を失うと思い込んだ。帰国後、閣内・党内とほとんど相談せず、@〜Dを背景に自信を持って消費増税をぶち上げた。
  Dの国際的雰囲気を窺わせるのが、今年のIMFの対日年次審査報告だ。来年から段階的に消費税率を14〜22%まで引き上げ、財政再建に着手すべきだという。当初の3〜5年間は成長率を0・3%ほど押し下げるが、老後の不安などで蓄えていた貯蓄が消費に回るので(?)、毎年0・5%ずつ成長率を押し上げるとし、回復が弱まった場合は追加金融緩和を行えばよいとしている。例示として、消費税を15%に引き上げれば(25兆円増税)、GDP比で4〜5%(20兆円強)の歳入増加が生じるという。
  どのようなモデルで推計したのか知らないが、このような粗雑な議論をするIMFエコノミストを筆者はもともと信用していない。例えば、7月に改定されたIMFの世界経済見通しで、今年の日本の成長率は1・9%から2.4%に上方修正されたが、本年1〜3月期の実質GDPは既に前年平均を2・7%上回っている。4〜6月期以降、前期比でマイナス成長に陥らない限り、今年の成長率は2・4%にはならない。2・7%というゲタをしらないのか、今後マイナス成長に陥ると予測しているのか、お粗末な分析だ。
  そもそも、日米欧の先進国が一斉に財政赤字の縮小に乗り出し、一層の金融緩和で景気を支える戦略を採ったら、世界経済はどうなるのか。一国モデルで考えれば、緊縮財政と超金融緩和のポリシーミックスは、金利低下による為替相場の下落と緊縮財政による内需停滞が生み出す輸出圧力により輸出主導型成長になる。自公政権下の02〜07年の景気上昇がそうであった。これは、国際的にみると近隣窮乏化政策である。たまたま米欧が不動産バブルに支えられて内需主導型成長をしていたので、この日本の戦略は成立した。
  しかし日米欧が一斉にこの戦略を採れば、世界大恐慌時の為替相場切り下げ競争と同じで、どの国の輸出も伸びず、内需停滞で世界不況となる。今回は新興国・途上国に先進国の輸出が殺到し、その発展を潰し、最後は世界同時不況となろう。
  菅首相は財政再建最優先が生み出すこの危機性を国際会議で訴え、日本の成長戦略を主要先進国も採用すべきだと、胸を張って主張すべきなのだ。地球温暖化ガス削減という共通の目的に向かって、国内ではエネルギー転換、省エネ・省資源型環境・製品の開発を、新興国・途上国には原発や鉄道などのインフラ輸出を、それぞれ促進する成長戦略だ。国際的にも、強い経済こそが強い財政の基盤を作る。