「強い経済」が総ての基盤 (『金融財政ビジネス』2010.7.8号)

  菅直人新首相は、参院選を前に、「強い福祉」「強い財政」「強い経済」という三位一体構想を打ち出した。
  この構想の中で、消費税率引き上げと経済成長は両立できると述べ、自民党が公約に掲げた消費税率10%への引き上げを参考に、超党派で消費増税を協議しようと言い出した。このため、参院選の焦点はあたかも消費増税の是非に絞られた感がある。詳しいことを知らない海外からみれば、デフレが終わっていない日本で消費増税が選挙の争点になるのは、「クレイジー」(レスター・サロー教授、6月25日付『朝日新聞』)とさえ映っているようだ。
  民主党は「国民の生活が第一」というスローガンを一貫して掲げているので、最終的な狙いは「強い福祉」にあるのだろう。そのためには「強い財政」の支えが必要だ。そして「強い財政」を実現出来るのは「強い経済」である。こうして「強い福祉」と「強い財政」が出来上がれば、国民は安心して新しい生活や仕事にチャレンジするので、「強い経済」は更に強固になる。
  これが三位一体構想だと考えると、順序として最初に取り掛かるべきは、「強い経済」の実現だ。「強い福祉」や「強い財政」が国民に安心を与え、「強い経済」を強固にするからといって、最初に「強い福祉」や「強い財政」に必要な消費税率の引き上げから始めるのは、将にクレイジーである。全体の土台となる「強い経済」を崩してしまうからだ。
  我々はその失敗体験を持っている。橋本政権は財政構造改革法の成立を最優先に掲げ、消費増税5兆円、所得増税2兆円、社会保障負担増2兆円、公共投資削減4兆円、合計13兆円の赤字削減予算を97年度に実施したため、まずその年の消費が落ち込み、続いて企業投資が減勢に転じ、97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長となった。この結果財政赤字は、97年度に2兆円しか減らず、98〜99年度には逆に17兆円も増えたのである。
  民主党は、3年後の総選挙までは消費税率の引き上げを行わず、成長戦略に基づいてまず「強い経済」を作ると、もう一度声を大にして国民に公約すべきである。そうしないと、3年以内に消費増税を実施するクレイジーな政府と誤解されてしまう。
  民主党政権は、当初成長戦略を欠いていると批判されたが、最近はその声が薄れた。戦略5分野と産業を支える9政策を定めた「産業構造ビジョン」を打ち出し、アジア戦略では原発や鉄道などのインフラ輸出を官民一体で推進し始めた。温室効果ガス25%削減の行程表を決め、45兆円市場、125万人雇用を生み出す試算結果を公表した。日本の内需とアジアの内需を一体とした市場の中で、日本の企業、産業がどのようにして発展すべきかという戦略が明確に打ち出されている。
  世界標準に近付けるため、法人実効税率の引き下げと損金算入期間の延長を図り、日本企業の国内投資と対外直接投資を促進し、また外国企業の対内直接投資を増やそうという構想も、同じ発想に立っている。投資は投資収益の期待値と分散(リスク)に基づいて決定されるが、法人税率の引き下げは期待値を高め、損金算入期間の延長は分散を小さくする。とくに新エネルギー、インフラ、IT、バイオ、大型農業など初期投資額が大きく、黒字転換まで時間がかかる成長分野の投資は、損金算入期間の延長でリスクが小さくなる。
  日本経済は09年4〜6月期から10年1〜3月期までの1年間に4・6%成長した。成長率は10暦年に3%台、10年度に2%台後半に達するだろう。成長率の名実逆転も10年1〜3月期に直った。成長戦略の積極的な展開によってこの傾向を維持すれば、3年後の次期総選挙迄に自然増収で財政赤字は縮小し、その時こそ社会保障支出の拡大に使う消費税増税の公約がクレイジーではなくなる。