アジアと米欧のデカップリング (『金融財政ビジネス』2010.1.14号)

  今年は、米欧先進国とアジアの新興国・途上国の経済がデカップリングする年になるのではないか。
  昨年10月のIMFの世界経済見通しによると、今年の実質経済成長率は先進国が1.3%、新興国・途上国が5.1%となっている。しかし、先進国の中にはアジアNIEsの3.6%、日本の1.7%が含まれており、この二つのアジアの先進地域を除くと、残りの米欧先進国の平均成長率は1%程度である。他方、新興国・途上国の中にはロシアの1.5%、ブラジルの3.5%が含まれているので、これらを除いてアジアの新興国・途上国の平均を見ると、6.5%程度である。
  米欧先進国の1%とアジア新興国・途上国の6.5%という成長率の開きは、将にデカップリングという言葉を使うのに相応しい。かつては米欧がクシャミすればアジアが風邪を引き、米欧が風邪を引けばアジアは肺炎になると言われていたが、様変わりである。
  昨年の米欧先進国は在庫調整一巡と大型財政出動によって、4〜6月期ないし7〜9月期にマイナス成長からプラス成長に戻ったが、今年は在庫調整一巡の浮揚効果は消え、財政出動の効果は先細りとなる。他方、住宅バブルの崩壊と金融危機によって発生した家計と金融機関のバランスシート調整は、まだまだ続く。第二次の大型財政出動をしたくても、財政赤字が大きくなり過ぎているので、限界がある。仮にダブル・ディップ(二番底)は避けられたとしても、今年の米欧先進国経済が停滞するのは避けられないであろう。
  これに対してアジアの新興国・途上国は、米欧先進国への輸出が伸びなくても、国内の産業化投資とインフラ投資によって一定の成長は維持できるし、最近はアジア域内の貿易と直接投資も活発である。07年以前の8%を超える平均成長率は無理だとしても、6.5%程度の平均成長率を達成するポテンシャルは十分持っている。
  さて、このような米欧先進国とアジア新興国・途上国のデカップリングの中に在って、今年の日本経済はどうなるであろうか。
  日本の輸出は、リーマン・ショックで前年比ほぼ半減したあと、昨年2月を底に緩やかに回復しているが、昨年3月以降の輸出増加額のうち、6割強はアジア向け(前年比は既にプラス)、三割弱が米国・EU向け(前年比は未だマイナス)である。アジアの新興国・途上国と米欧先進国のデカップリングは、今年の日本の輸出には明らかに有利に働く。
  2000年代に入って発展している「新々貿易理論」によると、各企業は差別化された財を生産しているが、生産性において均質ではないので、国内にしか供給できない企業、輸出できる企業、更には海外生産に踏み切れる企業に分かれてくる。その結果、自由貿易は国境を越えた財の供給だけではなく、生産の移転を生み、各国市場での参入、退出を通じて市場競争を促進し、生産の効率を高め、消費者利益を増大していくと言う。
  「物作り立国」日本の製造業の中で、生産性の高い企業は、輸出の段階を越え、直接投資を増やしてアジア市場での生産をもっと増やすべきだ。サービス業(流通、金融を含む)も、生産性の高い企業はどんどんアジア市場に出て、展開すべきである。アジア市場での企業活動の拡大は、日本の実質GDP(国内総生産)を増やさないが、アジアでの活動で得た所得を国内に送金することにより、経常収支中の所得収支の受取超過額を増やし、実質GNI(国民総所得)を増やす。それが円高基調下の日本経済の発展を支える。
  今年は、日本経済がアジアへの輸出と直接投資を拡大し、アジアと共に発展するスタートの年になることを期待したい。