ダブル・ディップのリスク (『金融財政ビジネス』2009.11.30号)
リーマン・ショックから1年が経過し、内外経済にようやく底入れから回復に向かう動きが出てきたが、来年再び二番底を打つ「ダブル・ディップ」のリスクも懸念されている。
先進国の実質GDPが、本年4〜6月期や7〜九月期から緩やかなプラス成長に転じた共通の背景は、在庫調整の進捗と財政・金融面からの景気刺激の効果である。しかし、二つとも、その性格上一時的だ。
過剰在庫の圧縮が終わって正常在庫の水準に回復すれば、その時点で景気浮揚の効果は出るが、それで終わりである。財政面からの景気刺激効果も、来年の上期には無くなってくる。追加対策は語られているが、各国とも巨額の財政赤字の現状では限界がある。超低金利や量的緩和の景気下支えは続くが、長くなり過ぎると資源価格や資産価格にバブルが発生するリスクが高まるので、ここにも限界がある。
結局、今の回復が切っ掛けとなって、民間の支出が自律的に立ち直ってこない限り、「ダブル・ディップ」のリスクは続くことになる。
ところが、米欧経済には立ち直りを妨げる条件がある。長引く「バランス・シート調整」だ。家計は負債側に多額のローンを抱えたまま、資産側の住宅価格がバブルの崩壊で暴落したため、当分は消費や住宅購入を抑えて負債を返さなければならない。金融機関は住宅ローン証券化商品や派生商品が値下がりし、あるいは不良債権が急増したため、円滑な信用仲介機能を果たせないでいる。
幸い、日本経済には「バランス・シート調整」の圧力は存在しない。日本には米欧のような住宅バブルの発生と崩壊は無かったからだ。家計に過剰債務は無く、1千兆円の資産超過がある。金融機関は米欧の住宅ローンの証券化商品や派生商品への投資を控えていたので、傷は浅い。
日本経済は4〜6月期にプラス成長に転じたが、これは内外の在庫調整進捗に伴う輸出の回復にリードされたもので、内需はマイナスであった。しかし7〜9月期の大幅なプラス成長は、外需の寄与度が低下したのにも拘わらず、内需が6四半期振りにプラスに転じたためである。
内需のうち家計消費の増加は、エコ・カー減税、買換え補助、エコ・ポイント制などの政策効果もあるが、更に二つ注目すべき背景がある。一つは、昨年に比べて国際商品市況が値下がりしているうえ、円高のメリットもあって消費者物価が下落し、実質の賃金・所得・消費が増加したことである。交易条件の好転に伴う実質国内総所得(GDI)増加の影響がここに出ている。もう一つは、2四半期連続のプラス成長の中で、8月から就業者数が増加、失業者数が減少に転じ、2か月連続して失業率が低下し、9月から有効求人倍率も上昇したことだ。5四半期連続して低下した設備投資も、稼働率の上昇を背景に7〜9月期には底を打ち、増加した。先行指標の機械受注にも、下げ止まりの気配が出ている。
このような日本経済についても、来年の「ダブル・ディップ」を心配する人がいる。根拠は、あり得る米欧の「ダブル・ディップ」の影響と新政権の財政政策の懸念である。
しかし、本年3〜9月の輸出増加率44.8%のうち、米国・EUの寄与率は僅かに25%で、65%がアジアである。先進国の影響を過大に評価してはならない。
来年度予算については、概算要求の95兆円と国債発行の44兆円が過大だと言われている。しかしこれは見当違いだ。自公政権が残した本年度の補正後歳出は既に102兆円、国債発行は50兆円以上に達している。これに比べれば、新政権の来年度予算は抑制的だ。従って論ずべきは、歳入と歳出の大規模な組み替えによって、新政権の予算はどれだけ効率が高まり、経済を刺激できるかという点である。