「物作り」立国と円高 (『金融財政ビジネス』2009.10.22号)

  米国の景気回復テンポが予想ほど早くはなく、米国の金融緩和が長期化するとの見方からドル金利に低下圧力が懸り、9月の終わり頃から外国為替市場でドル安・円高が進んだ。このような雰囲気の中で、藤井裕久財務大臣の発言が「円高容認」と市場関係者に受け取られたことも、円高を拍車した。
  しかし藤井大臣は、「為替相場は円高であれ円安であれ、基本的には市場の需給に任せるべきもので、余程急激な変化ではない限り、公的介入をすべきではない」と語ったにすぎない。これは極めて真当な発言である。これを材料に円買ドル売りを進めた市場関係者は、この程度の小幅円高でも当局が介入すると想定していた訳で、この方が余程おかしい。
  「物作り」立国の日本は、戦後の復興も高度成長も、輸出主導型で達成してきた。このため、どうしても円高を恐れ、円安を好む習性が身に付いている。しかし円安で輸出を伸ばすということは、日本の製品を安売りして作った貿易黒字で成長するということであるから、相手側は貿易赤字で成長にブレーキが掛る。つまり、「近隣窮乏化政策」である。
  発展途上のアジアの小国である間はそれでもよいが、現在は経済大国で先進国である。その上、今は世界同時不況で、近隣を窮乏化する為替切り下げ競争を大国が行えば、世界大不況時の失敗のように、世界経済の停滞は長引いてしまう。
  先頃の02〜07年の戦後最長景気も、超低金利で円安バブルを起こし、極端な輸出主導型成長で実現した。その相手側は、米国の貿易赤字の拡大であった。しかし日本を含む黒字国から巨額の資金が流入して貿易赤字をファイナンスし、米国内に住宅バブルを起こしたので、その間は近隣窮乏化は起こらなかった。
  しかし住宅バブルが崩壊した現在、米国の家計は当分の間貯蓄率を引き上げて(消費を抑えて)住宅ローンを返済せざるを得ないし、米国経済は貯蓄を増やして双子の赤字を縮めざるを得ない。これが米国経済の停滞が長引く理由だ。円安バブルを伴う日本の近隣窮乏化政策が、タイム・ラグを伴って今米国経済を窮乏化し、世界同時不況となっている。
  日本は「物作り」立国であるから、円安で輸出を伸ばさなければ生きていけないという考え方は、時代錯誤である。日本は先進国であり、世界経済はグローバル化しているという歴史の変化を忘れているからだ。
  1米ドル=90円を割った最近でも、日本銀行が試算した円の実質実効為替レートを見ると、過去25年間の平均よりもやや円安の水準である。円高が極まった96年の水準から円安のボトムである07年の水準まで、円は45%も下落したが、最近の水準はその中間よりも僅かに円安である。
  言うまでもなく、実質実効レートが横這いであれば、日本の産業の対外的な価格競争力は変わっていない。この場合、日本のインフレ率は海外のインフレ率よりも低いから、「名目」実効レートはインフレ格差だけ円高となる。ましてや各国通貨に対して弱い米ドルに対しては、一層「名目」レートは円高になる。
  このように対米ドルの名目レートが円高傾向を辿るのは当然で、「円高容認か」などと財務大臣に詰め寄るのは馬鹿げている。日本の価格競争力は失われていないからだ。それでも日本からの輸出が難しくなる製品は、強い円をバックに海外直接投資で工場の海外移転を増やせばよい。それによって海外からの所得純受取が増え、貿易収支が均衡していても、経常収支の黒字は拡大を続ける。国内は人手不足の医療・介護、育児、教育、学術研究、情報通信、生活関連サービスなどの雇用が伸びるので、空洞化の心配はない。