日米デカップリング論 (『金融財政』2009.1.15号)

  「米国経済が回復しない限り日本は立ち直れない」という見方が当然のように語られ、今年の日本経済の悲観的見通しの根拠となっているが、本当だろうか。
  米国経済については、確かに悲観材料が多い。大規模な財政出動とゼロ金利政策よって、本年下期にはプラス成長になったとしても、勢いのない状態が続き、本格的な回復はまだ数年先であろう。
  90年代の日本の場合は地価と株価のバブル崩壊であり、不良債権、債務は銀行と企業の問題であった。だから、かなり思い切った処理が出来たが、それでも随分かかった。しかし、米国の場合は、住宅価格のバブル崩壊で家計が住宅ローンや消費者ローンの不良債務を負った。現在家計の債務残高は膨張してほぼGDPの規模に匹敵する。この過剰債務を企業の場合のように破産処理する訳にはいかない。家計が自力で解消するとすれば、数年間は貯蓄率が上がるので、住宅や自動車などの購入が沈滞する。
  米国の家計の過剰債務が解消し、住宅や自動車などが売れ始める迄、日本経済もお付き合いして沈滞するという話は本当であろうか。極端に輸出に偏った02〜07年度の経済成長を頭に置いた単純な外挿的発想ではないか。
  日本には米国と異なる条件が少なくとも三つある。第一に、日本には住宅バブルの発生と崩壊はなかったから家計に過剰債務は無く、金融機関の金融商品の減価や自己資本の毀損は少ない。従って、住宅価格下落と金融危機と景気後退の悪循環は存在しない。不況の原因はもっぱら輸出の減少だ。
  第二に、その輸出も不振を極める北米と西欧向けは全体の三割強で、あとはアジア、中東、中南米、ロシアを含む東欧向けだ。後者に向けた輸出の落ち込みは北米や西欧向けより小さい。かつてブレトン・ウッズ体制が崩壊し、米国が表舞台から一時後退した時期、70年代後半から80年代にかけて、日本はアジアの域内貿易の発展と共に、先進国の中で最高の成長率を維持していた。米欧の成長率と新興地域の成長率は、循環的には同調しているが、趨勢的には21世紀に入ってデカップリングしている。
  第三に、世界経済減速に伴う原油、穀物、鉱石類など国際商品市況の下落と円高傾向によって、日本の交易条件は昨年10〜12月期から好転しており、実質GDI(国内総所得)と実質GNI(国民総所得)は実質GDP(国内総生産)よりも増えている。この交易利得の拡大は、国内需要を下支える要因である。
  以上の三つの好条件には、勿論下振れリスクもある。
  第一に、今回の金融危機に伴う日本の金融機関の痛手は小さいとしても、株価下落や景気後退で与信態度が消極化しないか。第二に、新興地域が資本の引き揚げなどで米欧から予想外に大きな影響を受けていないか。ロシアなどの資源国が国際商品市況の値下がりで窮地に立たないか。第三に、輸出減退による不況の激化で収益、雇用、賃金の悪化が大きくなり、交易利得の下支え効果を遥かに上回るのではないか。
  これらのリスクを防ぐには、結局は政策の役割に期待するしかない。第一のリスクには適切な金融政策、第二のリスクには途上国への金融支援、第三のリスクには内需刺激の財政出動である。日本ではクラウディング・アウト論やマクロ合理的期待仮説を根拠に財政政策は効かないと言う人がいるが、不況下の財政出動で金利は上がらないし、貯蓄も増えない。