円高は生活重視に切り換える好機 (『金融財政』2008.12.1号)

  「株安の上に円高なので深刻だ」という解説程ミス・リーディングな話はない。それでは「株安で円安」の方が安心なのか?「株安で円安」ならば、日本株を売って得た資金が海外に逃げ出す「日本売り」であり、日本企業の市場価値は、国際比較上、株安と円安で二重に下落していることになる。
  日本の金融機関は、米国やEUに比べれば、金融商品の急激な値下がりによる痛手は小さい。しかし、金融危機で欧米の株価が急落すれば、グローバルに活動する投資銀行、ファンドなどは、欧米の株価値下がりによる損失や流動性不足を埋めるため、日本株の利喰い売りをする。このため、日本を含む世界同時株安となる。しかし、売った後の流動性資金は、欧米よりも金融システムの不安が少ない日本の通貨で持つ傾向を強め、円高になっているのである。
  最近のような急激な円高は、輸出企業の採算を狂わせるので確かに望ましくない。しかし、日本経済の実力を反映した緩やかな円高傾向であれば、決して悪いことではない。円高が不利に働くのは輸出企業であるが、中期的には世界に展開した工場への生産シフトや輸入原料・部品と輸出製品とのバランスをとることなどによって対応は出来るし、これまでもそうだった。
  他方、円高が有利なのは輸入原材料を使って製造した製品・準備したサービスを国内に売る企業、輸入品を国内に売る流通業、輸入品を買ったり海外旅行をしたりする消費者である。
  日本の就業者のうち、製造業で働く者の比率は18%にすぎず、残りの82%の就業者は、円高が有利な産業で働いている。また就業者はすべて消費者であり、円高が有利だ。
 過去にも、急激な円高は輸出を減少させ、経済を一時的な不況に陥れたこともあったが、その後は緩やかな円高傾向の中で内需中心に順調な発展を遂げている。ニクソン・ショックと変動相場制移行後の日本経済、プラザ合意後の日本経済がよい例だ。逆に、円安傾向が大きく進んで景気が良くなった例は、最近までの02〜07年の輸出主導型景気である。円の実質実効レートは、プラザ合意前の85年の水準まで円安になってしまった。このため、極端に輸出に偏り、内需の沈滞した景気パターンとなった。
  この極端な円安は、超低金利の日本で資金を調達し、海外の証券化商品や派生商品に投資する円キャリ取引の盛行と共に進んだ。その円キャリ取引の流れが、今回の金融危機で逆転し、いわば「円安バブル」が破裂して正常な水準に向かって、円高傾向が進んでいる。
  01〜07年の大幅な円安は、日本製品の安値販売で輸出を伸ばすことは出来たが、石油、穀物、鉱石類など国際商品市況の高騰と重なって、外国品を高く買い、国産品を安く売る、大幅な交易損失を招き、日本の所得を減らした。08年には、前年比で交易損失が実質国内総生産の増加を上回り、実質国内総所得は減少している。
  国際商品市況は、今回の金融危機に伴う世界経済の成長減速によって、当分下落を続けるであろう。また日本円は、「円安バブル」の崩壊過程と重なって当分円高傾向を続けるであろう。これに伴う交易利得の発生は、内需企業の収益回復と消費者の実質所得の回復によって、これからの景気を下支える筈である。
  それを促進するためには、ガソリン税の暫定税率廃止、高速道路無料化、出産・子育て支援、教育無償化、社会保険料の引き上げ中止など、家計と内需企業を支援する生活重視の景気対策の一刻も早い実施が望まれる。