金融危機と政策の失敗 (『金融財政』2008.10.27号)
米国の住宅バブルの崩壊から始まった今回の金融危機と、これから深刻化する世界的景気後退を前にして、反省すべき政策上の問題点は多いが、ここでは大きな失敗を二つ指摘したい。
第一は、住宅バブルを放置した米国金融政策の失敗である。住宅価格が10年以上も上昇を続け、3倍にも達するのをFRBは経済発展の当然の帰結と見ていた。これはバブルではないかと言う一部の指摘に対し、FRB(連邦準備制度理事会)はグリーンスパン前議長を始めとして否定し続けた。06年から07年になって、ようやくフェデラル・ファンド・レートを五・二五%まで引き上げ、緩やかな成長減速をもたらし、06年中に住宅価格をピーク・アウトさせたが、「時既に遅し」である。
米国の金融政策は、バブルを発生させたあとで、バブルの破裂を手伝っただけである。それは丁度、87年から89年にかけて、日本銀行がバブルの発生を手伝い、89〜90年に引き締めてバブルの崩壊を後押ししたのと同じである。2年早く、米国は04年から、日本は87年から、引き締めに転じていれば、バブルは小さく、破裂後の反動不況も小さかったことであろう。
FRBは日本銀行の経験をまったく活かすことが出来なかった。
もう一つの政策上の問題点は、先進国のプルーデンス(信用秩序維持)政策である。
これ迄の「金融システム危機」は、預金銀行の破綻によって起こるいわば「銀行型システミック・リスク」によるものであった。このため、先進国のプルーデンス政策は、預金銀行の健全性維持に集中し、その中核にBTS(国際決済銀行)の自己資本比率規制があった。
しかし、TTの技術革新によって金融工学が発達し、銀行融資の証券化商品とフューチャーやスワップなどの派生商品がレバレッジを伴って広がってくると、預金銀行部門と資本市場(証券会社、投資銀行、生保、各種ファンドなどがプレイヤー)と不動産市場(リート投信など)が一体となって巻き込まれる。
その時に預金銀行部門の健全性だけを自己資本比率規制で維持しようとすれば、そのシワは融資の証券化というオフ・バランスシート化によって資本市場や不動産市場のプレイヤー達に寄り、そこに不健全な金融商品が累積する。
そこにバブルの崩壊による金融商品の値下がりが起きれば、資本市場や不動産市場のプレイヤー達の倒産が起きて、やはり金融システムは危機に陥る。いわゆる「市場型システムミック・リスク」による金融システム危機である。
今後のプルーデンス政策は、銀行部門、資本市場、不動産市場を一体として考え、そこでのプレイヤー全員の健全性を維持することを目標として設計されなければならない。それには証券化商品や派生商品などすべての金融商品のリスクの性質と所在を透明化するルールを創らなければならない。そうすれば、金融商品のレイティングにも客観性が出てくるし、プライシングも信用できるようになる。
預金銀行の庭先だけをきれいにするBTSの自己資本比率規制は廃止した方がよい。株式の市場価値を総資産で除した比率の方が、恣意的に自己資本を定義するBTSの自己資本比率よりも、遥かに正確に預金銀行の健全性を示すという実証研究(清水啓典)がある。これをすべての金融機関に適用することが考えられる。
先進国は、新しいプルーデンス政策の策定に着手すべきである。日本はその先頭に立って、国際協調の実を挙げるべきであろう。