経済政策の対立軸 (『金融財政』2008.9.26号)
この原稿が読者の目に触れる頃には、自民党の新総裁と臨時国会の日程が決まり、解散・総選挙の時期もほぼ見えていることであろう。この原稿は二週間前に出さなければならないので、刻一刻変わる政治問題を取り上げるのは難しいとも思ったが、この時期にそうも行かないと考え直し、政治を論じることにした。
自民党総裁候補の意見を聞くと、その対立軸は主として経済政策の分野に在るように見受けられる。新聞なども分類しているように、ザックリと分ければ、「財政積極派」、「財政規律派」、「上げ潮派」の三つである。
「財政積極派」と「財政規律派」の目は主に需要サイドに向いている。減税や財政支出拡大などの積極財政で、向こう三年間は景気を立て直すのが日本経済再建の手始めだ、とするのが「財政積極派」である。
これに対して「財政規律派」は、積極財政を実施しても、それで拡大した財政赤字を縮小するために結局は緊縮財政に転じるほかないので、長い目で見れば財政赤字を拡大するだけ日本経済の再建は遠ざかると見る。持続可能な経済、社会を目指し、始めから財政再建最優先で行った方が、国民は安心し、日本経済の再建は早いと考えている。
他方、「上げ潮派」の目は、主として日本経済の供給サイドに向いている。小泉=竹中流の構造改革によって日本経済の供給サイドの効率を高めることが、日本経済再建の王道と考える。従って、需要サイドを重視する「財政積極派」、「財政規律派」と「上げ潮派」の対立軸は、小泉=竹中派の構造改革を見直すか、一層推進するかの対立でもある。
需要サイドを重視する立場は、どちらかと言えばケイジアンである。供給サイドを重視して構造改革を推進しようという立場は、新古典派寄りだ。どちらが正しいかは時と場合によるが、この十年間の日本経済の国際的地位の低下に関する限り、基本的には経済全体の効率低下に伴う潜在成長率の低下が主因である。自民党内部の争いに限定すれば、「上げ潮派」の主張の方が適切ではないか。
しかし、日本の政界全体を見れば、もう一つ小沢民主党が居る。これも供給サイドに目を向けた構造改革派に分類出来るが、自民党「上げ潮派」の小泉=竹中流構造改革とは大きな違いがある。小泉改革は戦後半世紀以上続いてきた日本の体制(野口悠紀夫氏の言う「40年体制」、飯尾潤氏の言う「官僚内閣制」「省庁代表制」)を、形を変えることによって存続させる「体制内改革」である。道路、郵政、政府金融、年金、医療、公務員などの制度改革は、皆形は変わっても、中身は変わらずに続いている。
小沢民主党は、体制そのものを変えなければ日本は立ち直れないという「体制の改革」を目指している。省庁に百人以上の与党議員と一部民間人を入れ、政府=与党の政策決定機構を一元化して、国民に選ばれた「議員内閣制」を創ると言う。官僚主導の道路、政府金融、公務員、特別会計、独立行政法人などの諸制度を廃止ないしは根本的に変えて財源を捻出し、子供手当、農業の戸別所得補償、ガソリン・軽油暫定税率の廃止、高速道路の無料化、後期高齢者医療制度の廃止、年金制度一元化と最低保障年金導入などのセイフティネットやシビルミニマムの強化に使おうとしている。
果たして国民の多数は、需要派と供給派、「体制内改革」と「体制の改革」、をどのように受けとめ、どの選択肢を選ぶのであろうか。