新内閣のマクロ経済戦略 (『金融財政』2007.10.4号)

   「デフレ」とは、一般物価水準の持続的低下のことである。原因はマクロ経済の需要超過だ。従って企業収益は悪化し、金融緩和や利下げが有効な対策だ。
   ところが今回は、98年度を底として企業の売上高経常利益率は一貫して回復し、マクロの需給ギャップは縮小して需要超過となった。更にゼロ金利や量的緩和など超金融緩和政策まで実施したのに、消費者物価の下落は止まらない。
   これは、04年頃からの消費者物価下落が「デフレ」ではなく、「価格体系の変化」を反映したものだからだ。その証拠に、国内企業物価は03年を底に今日迄四年間上昇している。
   グローバル経済の中で進行している「価格体系の変化」は、@中国など新興国の素材需要増加に伴う鉄鋼、非鉄、石油などの上昇、AIT革命に伴うデジタル製品の値下がり、B賃金・価格の国際的平準化に伴う日本のサービス料金、家賃・地代の低下、などである。@は国内企業物価の上昇に反映し、AとBは消費者物価の下落に反映している。
   このグローバル化に伴う「価格体系の変化」を「デフレ」と誤認し、今日迄低金利政策を続けて来たため、為替市場では国際決済銀行の年報でも「異常」と指摘されるような「円安バブル」が発生した。このバブルが、サブプライム・ローン問題に端を発する「質への逃避」によって、破裂した。対米ドルで一二五円、対ユーロで一七〇円に接近していた円相場は、一時、対米ドルで一一〇円、対ユーロで一五〇円に迫る10%以上の急激な円高となった。
   04年頃からの消費者物価下落を「デフレ」の持続と誤認した責任は、小泉・安部内閣にある。当時の竹中大臣や中川自民党政調会長は、「デフレ」対策として低金利の持続を叫び続け、低金利・円安・物価上昇による名目成長率の引き上げを主張し続けた。このツケが、8月以降の円安バブル崩壊と株安であり、成長促進どころか、逆に成長の前途に不透明感が漂っている。
   さて、今度の福田内閣は、どのようなマクロ経済戦略と戦術をとるのであろうか。新しい人事で注目されるのは、谷垣政調会長、町村官房長官、伊吹幹事長である。谷垣氏は小泉内閣末期の昨年三月、財政再建の中期シナリオを巡って、竹中・中川の成長戦略路線と対立し、低い名目成長率を前提に厳しい財政再建シナリオを財務相として主張した。この時は敗れたが、今でも考え方は変わっていないように見える。
   町村氏は、自民党税調の小委員長として、経済財政諮問会議の税制論議を批判し、税制改正の主導権を党に奪い返そうとして来た。伊吹幹事長も、大蔵省出身で党税調の中核メンバーであり、同じ立場だ。
   恐らく福田内閣では、この谷垣・町村・伊吹ラインがマクロ経済戦略の主導権を握り、経済財政諮問会議の役割は低下するであろう。その結果、低金利・円安・物価上昇を戦術とする成長戦略は後退し、正常金利・円安バブル修正・物価動向容認の政策態度に変わることを期待したい。
   財政再建に関連し、消費税引き上げの議論を始めるようだが、呉々も行政改革で歳出の無駄を排除する努力を忘れないで欲しい。基礎年金の国庫負担増加、高齢者医療費の負担増凍結などで歳出削減が後退した上での増税は困る。
   改革が言葉だけで終わらないように、競争(自立)促進とセイフティ・ネット(共生)を両立させる施策を本当に打ち出せるかどうかも国民は注目している。