内外価格差の縮小 (『金融財政』2007.7.23号)

   国連の推計によれば、日本の一人当たり名目GDPは、10年ほど前の95年がピークで、当時ルクセンブルグ、スイスに次いで世界第3位であった。しかし、その後は減少傾向を続け、直近の05年には世界第13位まで落込んでいる。
   減少したのは次の三つの要因によるものだ。
   第一は実質成長率の低さだ。橋本政権の97年度超緊縮予算とその後の金融危機対策の失敗などにより、97〜01年度は5年間で一%しか成長していない。ようやく辿り着いた今回の景気上昇期も、02〜06年度で平均僅か二%成長だ。
   第二は国内物価の下落である。GDPデフレータは97年度をピークに一貫して下落している。このため06年度の名目GDPは、まだ97年度の水準に戻っていない。
   第三は名目為替相場の下落である。95年末に対米ドルで102円であった円相場は、最近は120円台まで下落している。ドル換算した名目GDPは、それによって更に減少する。
   この三つの要因のうち、第二の国内物価の下落と第三の名目為替相場の下落が10年間も併存しているのは珍しい現象だ。普通、国内物価が下落傾向を辿れば、実質為替相場に変化がない場合、市場で観測される名目為替相場は円高になる筈である。それが逆に円安傾向を辿っているということは、この間の実質為替相場が著しく低下していることを意味する。
   事実、日本銀行の推計によれば、円の実質実効為替相場は、95年頃をピークに最近まで急激な円安傾向を示している。直近の水準は、85年のプラザ合意直前の円安水準だ。つまり、プラザ合意後、資産バブルの発生と崩壊という高いコストを払ってまで進めた円高協調政策は、最近10年間ほどの間に水泡に帰したのである。実質為替相場の下落は、安く売って高く買うという意味で交易条件の悪化だ。これは長期的な成長能力にとってマイナスである。
   交易条件を悪化させる国内物価下落と円安の併存は、何故生じたのであろうか。原因は内外価格差の縮小である。
   OECDが加盟国の国内物価を用いて試算した購買力平価によると、95年現在、円は対米ドルで175円であり、この時IFS(IMF統計)の市場相場は94円であったから、日本の国内物価は対米ドルで86%(175/94)割高であった。実際、この時代に海外を旅行すると、海外の物価は安く感じられた。
   その後、購買力平価は一貫して円高ドル安傾向を辿っているが、市場相場は変動を繰り返しながらやや円安となり、96年現在、購買力平価は124円、市場相場は116円となって国内物価の対米割高は7%まで縮小した。今年は市場相場が120円台なので、内外価格差はほぼ解消したかも知れない。実際、海外を旅行すると、外国の物価が高く感じられるようになった。国内物価下落と円安の併存もそろそろ終わる可能性がある。
   グローバル化の進展につれ、流通を含む海外のサービス業が日本に進出し、また内外のグローバル企業が立地を検討する際に、日本と海外の賃金、サービス料金、家賃・地代を比較検討する結果、賃金、サービス料金、家賃・地代などにも内外価格平準化の圧力が加わっている。それが内外価格差縮小の原因である。
   国内が需要超過に転じた現在、物価が上がりにくいのは内外価格差縮小の反映である。これをデフレ持続と間違えて利上げを遅らせていると、効率の悪い投資や資産バブルで将来の持続的成長に禍根を残しかねない。