「上げ潮路線」は間違っている (『金融財政』2007.3.8号)
安倍政権は、今後5年間に租税の自然増収を出来るだけ増やすため、名目成長率、あるいは5年後の名目GDPを可能な限り大きくする「上げ潮路線」を基本戦略としている。
このため超低金利を出来るだけ長く続けるように日銀に政治的圧力をかけ、インフレ率を高め、低金利とインフレに伴う円安の進行を許容している。超低金利は投資を刺激して実質成長率を高め、インフレは名目的にGDPを膨張させ、円安は輸出促進による実質成長率の高まりと、輸入物価上昇によるインフレ率の高まりという両面から名目GDPを膨らますからだ。
しかし、低金利・インフレ・円安は短期的にも長期的にも国民生活の向上を妨げる。まず短期的にみれば、借金より金融資産の方が多い家計部門にとっては、低金利より高金利の方が有利である。また暮らしにとっては、インフレで物価が上がるより、物価が安定していた方が良い。特に賃金や年金が簡単には上がらない弱者はそうである。更に海外の物を買ったり外国旅行をするには、円安より円高のほうが安くつく。
長期的に見ると、成長促進のために超低金利や税制の優遇で投資を増やすため、正常な金利水準や優遇税制不在の状態では実行されないような低生産性プロジェクトに対する投資が増え、資本収益率が低下して行く。また、利子・配当として家計部門に配分される企業利益が、低生産性プロジェクトに再投資されてしまう。
ここから、現在と将来の消費にとって不利なことが、少なくとも四つ起こってくる。
第一は、GDP中の消費の比重が投資の比重の上昇に圧迫されてどんどん低下し、成長率が上がっても消費が停滞することである。現在、将にこのことが起っている。
第二は、国民が将来の消費に備えて貯蓄した資金が生産性の低い設備に投資されて行くので、将来の資本収益率=金利・配当などのリターンが低下し、将来の成長率も消費も期待通りには増えないことである。これは、80年代後半の投資主導型高成長期の資本強蓄積が、90年代の成長と消費を向上させることが出来ず、国民生活は不安に陥ったという形で体験した。
第三は、成長促進政策によって収益性の低い資本が過剰に蓄積されて行くと、収益性の裏付けのない資産バブルが低金利とインフレの下で発生する。企業の収益性はそれで一時的に補われるが、資産を持たない国民との格差は拡大する。最後にバブルが破裂すると、あとには過剰設備と不良債権が表裏の形で残り、長期不況の下で消費は停滞し、暮らしは悪化する。これも、90年代の「失われた10年」で経験した。
第四に、将来の消費のために国民が貯蓄した資金は、政府の債務と外国に対する資産超過に見合っているが、これが減価して国民の将来の暮らしを支える力を失って行く。何故なら、インフレ政策によって、まず政府に対する国民の債権(国債)は目減りして行く。また、低金利・インフレ政策は、「円キャリ取引」を累積させ、日本のファンダメンタルズ(対外資産超過額)からかけ離れた円安を招いているが、これが更に進むと、いつまでも米国政府は黙って居ないだろう。それが引き金となって、円キャリ取引が逆転し、円安バブルの崩壊で急激な円高となってドル建対外資産が減価する。
国民にとって望ましいのは、正常金利・物価安定・円高である。投資の生産性は上がり、バブルは発生せず、円建国際金融市場の発達で対外資産の目減りも減る。先月の日銀の追加利上げがこの政策への第一歩であって欲しい。