追加利上げ見送りのコスト (『金融財政』2007.2.5号)
日本銀行は、1月17、18日の政策委員会・政策決定会合で、政策誘導金利(無担保翌日物コールレート)の追加利上げを見送り、0・25%に据え置いた。審議委員の票が3対3に割れ、日銀執行部3人(総裁と2名の副総裁)の票で決ったということは、決定は日銀執行部の意志によることを示している。
理由は、7〜9月期のGDP統計でマイナスとなった家計消費が、10〜12月期以降、再びプラスに戻ったという確証がないからだという。
同じような懸念を表明していた政府・与党の人々は、これで満足したに違いない。日本銀行は一度譲歩し、貸しを作った形だ。2月中頃に公表される10〜12月期のGDP統計で、家計消費がプラスになったことを確認し、日銀は2月20、21日の政策決定会合で追加利上げをするのではないか。政府・与党との関係ではそれで貸し借り無しになる。政治的な駆け引きとしては、それでよいかも知れない。
しかし、市場や海外との関係、経済実態との関係で、日銀は少なからぬコストを支払ったことを忘れてはならない。
市場や海外は、日頃フォーワードルッキングな政策運営を強調する日銀の行動を信頼し、また新日銀法によって守られている日銀の独立性を信頼して、1月17、18日の追加利上げを織り込んで行動していた。それが裏切られたのだ。
マクロモデルを使ってシミュレーションをすれば分るように、金融政策の効果は2年間にも及び、そのピークは1年後に来る。従って、今後2年間を見据えて、早目早目の手を、小刻みに打つのが望ましい。最近数年間の米国連銀の利下げや利上げのプロセスは、その典型だ。
10〜12月期のGDP統計の発表を待たなくても、既に入手可能な11月までの統計や各種の情報を総合してフォーワードルッキングに思考すれば、7〜9月期の家計消費のマイナスは天候要因による一時的なもので、10〜12月期はプラスに戻り、その後も緩やかな増加基調を辿ることは明らかではないか。
例えば、家計統計の全世帯実質消費支出(季節調整済み)は、7〜9月期に前期比△2・9%減少のあと、10〜11月平均は7〜9月平均比2・8%の増加である。勤労者の可処分所得や雇用者報酬の緩やかな増加も続く。
日銀が支払ったもう一つの大きなコストは、資産価格(外貨と不動産の相場)の上昇である。低利の円資金を調達して外貨に換え(円安外貨高)、外国で投資や融資を拡大する円キャリ取引は益々累積している。世界中に過剰流動性をバラ撒きながら進む円安・外貨高のバブルによって、円の実質実効レートは85年のプラザ合意当時の水準まで低下している。ファンダメンタルズから乖離したこの円安バブルは、円キャリ取引の累積が逆転した時に崩壊し、急激な円高を引き起こして経済を混乱させるリスクをはらむ。追加利上げの見送りは、そのマグマを一層溜め込んでいくのだ。
日銀の独立性とフォーワードルッキングな政策運営に対する市場や海外の信頼喪失は、利上げが参院選後まで遅れ、そのテンポも緩やかになるとの思惑を生んでいる。その影響は、不動産に出ている。既に大都市の事務所の賃料は、顕著な上昇を示している。株式市場では、不動産や電鉄など土地がらみの株価が強い。
3対3に割れた審議委員の内、利上げ見送り反対の3人は、国際金融の教授と市場関係エコノミストだ。この3人は、日銀の支払うコストが分かっているための反対であろうか。