日本銀行の独立性と再利上げ (『金融財政』2006.11.16号)

   安倍新内閣の経済戦略の柱が名目成長促進であることは、どうやらはっきりしてきた。動機は、プライマリー・バランスの黒字化に五年間で16兆円の赤字削減が必要という本年度の「骨太方針」を引き継いだ安倍内閣として、税の自然増税を少しでも大きくし、歳出削減・国民負担引上げの荷を少しでも軽くしたいからだ。
   しかし、名目成長促進の手段がよく見えていない。イノベーションの促進などと言っているが、これは時間もかかり、効果も事前には予測し難い。
   そうした中で、日本銀行に対して、出来るだけ超低金利を長く維持して、名目成長促進に協力して欲しいという要請が見え隠れしている。
   これに対して、日本銀行は10月31日(火)に『経済・物価情勢の展望(06年10月)』(以下、『展望レポート』)を公表し、「極めて低い金利水準による緩和的な金融環境を当面維持しながら、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えられる」と述べ、当面直ちに利上げはしないが、経済・物価情勢次第で、極めて低い現在の金利水準を徐々に引き上げて行くという意志を示した。
   利上げを決断させる経済・物価情勢の変化とは、コア消費者物価の前年比上昇幅の拡大、設備投資行動の一層の強気化、海外経済情勢の上振れ、などであることが『展望レポート』の文中から読み取れる。要するに日本銀行は、政府の要請とは関係なく、現在の異常に低い金利水準を、情勢次第で徐々に引き上げて行くという政策意志を示したのである。
   政府・自民党が、名目成長促進のため、日本銀行に金融緩和・低金利の持続を要請したことは、戦後少なくとも二回あった。列島改造・福祉元年予算の田中内閣の時(以下、「前々回」)と、ドル安阻止の国際政策協調下における宮沢大蔵大臣の時(以下、「前回」)である。
   二回共日本銀行は政府・自民党の要請に引きずられて政策の転換が遅れ、前々回には物価狂乱となって高度成長が終焉し、前回には資産バブルを引き起こして、「失われた十年」となった。
   今日の政府・自民党と日本銀行の関係には、前々回、前回と似たところがある。名目成長促進のため、政府・自民党が低金利の持続を要請している点である。しかし相違点もある。一番大きいのは、日本銀行法が改正され、政府の政策指示権は政策委員会に対する議決延期請求権に変わり、政府の日銀総裁罷免は国会承認人事に変ったため難しくなったことだ。
   今日の日本銀行が、新日銀法の精神に沿って、日本銀行と金融政策の独立性を貫けば、政策委員会の情勢判断ミスが無い限り、過去の二大失敗の轍を踏むことはないであろう。そもそも新日銀法は、過去の二大失敗の経験を踏まえて改正したからだ。
   しかし、日本銀行政策委員会が情勢判断ミスを犯した場合は別である。
   そうならない事を願って今回の『展望レポート』を見ると、上振れ、下振れに一つずつ気になることがある。上振れリスクに関連して気になることは、実質コールレートをゼロないしマイナスにしておいてよいのか?また「短観」に表れた企業の「予想インフレ率」から見て、実質長期金利の水準をどう判断しているのか?という点だ。
   下振れリスクに関連しては、増税や社会保険料引上げなどによる国民負担増が、緩やかな雇用者報酬増加の下で、今後の個人消費にどう響くかという分析がないことだ。