小泉劇場が跳ねたあと (『金融財政』2005.10.13号)

   総選挙の結果、自民党だけで絶対安定多数を大きく上回り、公明党を加えると、全議席の三分の二を超えた。今や自公政権は、その気になれば参議院の意向を無視して、どんな法律でも衆議院だけで作れる。
   このような驚くべき圧勝は、言うまでもなく、二大政党下で政権交替可能な議会制民主主義を目指し、小選挙区制が導入されたからである。導入以来四回の選挙で二大政党制は進んだが、その結果は政権交替ではなく、万年政権政党自民党の圧勝という答が出てしまった。
   朝日新聞の調査によると、自民党の勝因は「小泉首相」にあるという回答が五八%に達し、民主党の敗因は「党に責任」という回答が四九%で一番多かった(「岡田代表」という答は二四%)。つまり「小泉劇場」の仕立てが民主党を圧倒したのである。
   小泉首相は、郵政民営化の是非を問う国民投票という仕立てで、「改革する自民党、改革に反対する民主党」という演出に成功した。スローガンも、自民党が「改革を止めるな」であり、民主党が「日本をあきらめない」である。これでは勝負にならない。
   国民は小泉首相の決断力、行動力、指導力、力強さ、頑張り抜く姿勢に興奮した。派閥のリーダーが密室で合意する従来の自民党の意思決定過程とは異なり、総理・総裁が引張って行く意思決定過程に新鮮な爽快感を覚えたのである。
   ところが、各新聞の調査によると、これで自民党が変わると思っている人は少数である。小泉首相個人に喝采しただけで、自民党が変わるとは思っていないのだ。
   自民党はこれだけの絶対安定多数を得たのであるから衆議院の解散を好まず、今後四年間、自公でどんな法律でも作れる状態を続けるであろう。しかも小泉首相は、来年九月に引退すると言っている。そうなると、残りの三年間は、国民が変わらないと思っている自民党が何でもやれることになる。
   それと言うのも、国民が郵政民営化の是非だけに注意を奪われ、内外に山積する他の重要課題については、事実上、自民党に白紙委任するような選挙結果を出したからである。
   九三歳になるあるお年寄りが、「まるで太平洋戦争に向かって行った時のようだ」と言ったのには大きなショックを受けた。ほかにも、私の周りの床屋さんやクリーニング屋さんなど何人かの人が、同じような事を言っている。確かに、日本の軍閥支配も、ドイツのヒットラー独裁も、初めは総選挙で多数を占めたことから始まり、総てを白紙委任されたように次々と法律を作ることによって確立したのである。
   早くも政府税調は、小泉首相が引退する来年秋を目途に、サラリーマンを対象にした所得税増税と消費税引上げの議論を再開し、自公両党との話し合いを始めると言う。
   年金改革も、四割が保険料未納の国民年金の破綻には手をつけず、厚生・共済の一元化に着手すると言う。
   せっかく国内需要が立直りの兆しを見せ、年末にはデフレを脱却するかも知れない所まで来た日本経済も、今後四年間の自民党政権の下で保険料引上げ・年金給付引下げ・サラリーマン増税・消費税引上げが続き、あるいは確実に予想されるようになると、持続的成長はおぼつかなくなるかも知れない。国民の「身から出た錆」と言ってすまされる問題であろうか。