BIS規制に対する疑問 (『金融財政』2005.2.7号)
日本は外圧に弱いので、BISの自己資本比率規制を金科玉条のように守って今日まで来た。来年末からは新しいBIS規制が適用される。しかしBIS規制は日本の金融システムの安全を本当に守ってくれたのか。
現行のBIS規制が公表された八八年当時、日本の大銀行は世界一〇大銀行の上位を軒並み占めていた。脅威を感じた欧米の金融界は、日本の銀行が自己資本が少ないまま、外部資金に依存して貸出を伸ばしていることに目を着け、国際金融市場の安全性維持と称して、貸出などリスク資産の上限を自己資本の一二・五倍(自己資本比率八%)に制限すべきだと言い出した。これが欧米主要国の中央銀行主導で導入された現行のBIS規制である。
日本の銀行は一斉に反発したが、当時はバブルの絶頂期である。保有株式含み益の四五%が自己資本のティアUに算入出来るという妥協案が出るに至り、受け入れに同意した。しかし日本の大誤算は、その直後にバブルが崩壊したことである。銀行保有株式の含み益が消え、株式保有制限の導入が始まると、有価証券含み益の四五%だけでは救いにならない。九〇年には劣後債が、九八年には、土地などの含み益の四五%がティアUに算入出来るようになった。更に九九年三月期からは、税効果会計の導入によって、「繰延べ税金資産」をティアTに含めることが認められた。
そして極め付きは、BIS規制が守れなくなった銀行に公的資本が注入され始めたことである。規制を守らせるために、規制が守れなくなった銀行に公的資本を注入して守れるようにしてやるのだ。これは、規制がないのと同じである。公的資金で銀行経営を助け、金融システムの安全を保っているのであって、BIS規制自体はシステムの安全装置として機能していない。
これを裏付ける興味深い実証研究がある。安田行宏氏は自己資本比率と銀行リスクの間に正の相関関係があることを見出した。つまり、自己資本比率(とくにティアT)が高い銀行ほど潜在的に倒産する可能性が高い。
確かに、北海道拓殖銀行の自己資本比率は、破綻する半年程前迄は、都市銀行中最高の九・三四%、日本長期信用銀行は破綻する半年前に一〇・三六%、日本債券信用銀行は破綻する三ヶ月前に八・一九%だった。最近の例では、足利銀行の自己資本比率が、監査法人の繰延べ税金資産の否認によって、四・五%からマイナス〇・七%に落ちて倒産した。
このように現行BIS規制は、金融システムの安定装置としては機能しなかったが、日本の金融政策の有効性とマクロ経済に対しては、極めて大きなネガティブ・インパクトを与えた。
日本銀行は、三〇〜三五兆円の不活動残高を日銀当座預金に積んで「量的緩和政策」を続けているが、ゼロ金利のこの資金を使って貸出を増やそうとする銀行がない。金融行政が、「不良債権早期処理」を強制しながら、同時に「自己資本比率」規制を課し、それが出来ない銀行には公的資本を注入し、経営改善計画に基づく「収益性の回復」を求めているからである。
金融行政が求める三つの指標は本来矛盾する。この矛盾する三つを同時に達成する方法は、三つの比率の共通の分母である貸出残高を減らす「貸し渋り」「貸しはがし」である。もう一つは、BIS規制でリスク・ウェイトがゼロの国債を増やし、リスク・ウェイトが一〇〇%の企業・個人向け貸出を減らすことである。