日本の巨大市場・中国 (『金融財政』2004.11.18号)

   中国から日本への輸入は、この五年間急増しており、その金額は米国からの輸入額を上回った。一国としては、今や中国が日本にとって最大の輸入相手国である。しかしその割には、一頃の「中国脅威論」が聞かれなくなった。
   以前の日本企業は、中国を主として安い労働力の供給基地として見ていた。だから、日本から部品を輸出し、あるいは他地域から原料を調達して、中国で加工組立を行い、そこから世界に輸出する戦略が中心であった。これは、技術と資本を持った日本が安い労働力の中国と垂直貿易をする姿であり、日本から世界へ輸出していた完成品の加工組立段階だけを中国に移した形である。
   その一部が日本に逆輸入されたため、加工組立段階の日本企業にとっては大きな脅威となった。また部品製造や加工組立の技術が、中国企業に伝わることにもなり、原料・部品段階から中国で生産する安い製品が日本に入り始めた。これも脅威論の根拠となった。
   しかし、最近の日本企業は、中国を安い労働力の供給基地としてだけではなく、中国経済自体を日本にとっての巨大市場としてとらえ、市場直結の巨大生産基地と位置付け始めた。このため、この五年間に日本から中国への輸出が、中国から日本への輸入以上に伸びており、米国向け輸出額に迫っている。日本の対中貿易の大幅赤字も、香港経由の貿易を含めると、急速に均衡に向っている。「中国脅威論」は薄れてきた。
   中国が巨大市場としての魅力を急速に増してきた理由は、少なくとも三つある。
   第一は、いうまでもなく中国経済の急成長である。日本や欧米の企業は、当初、前述のように安い労働力を求めて、世界へ輸出するための工場を中国に移設した。このため、「経済改革特区」を中心に沿革地域の所得水準が向上し、消費と投資が拡大し始めた。その結果、先進国は輸出志向型ばかりではなく、中国の国内需要志向型の直接投資に目を向け始めたのである。それが更に中国の民間企業や国有企業の設備投資と、政府のインフラ投資を誘発し、一層の雇用拡大と所得水準向上に火をつけた。ここ迄来れば、投資リード型成長の自律的好循環である。日本の輸出は、この波に乗って伸びている。
   第二は、二〇〇一年一二月の中国のWTO正式加盟である。これに伴なう関税引下げ、輸入割当制廃止、内国民待遇の適用によって、日本からの輸出障害が減ってきた。
   第三に、中国政府による直接投資の受入促進策がある。中国は、国内産業保護と外貨導入促進の狭間で揺れ動き、中国に進出した日本企業も、投資の縮小や撤退に向った時期があった。しかし、一九九九年の全人代を境に、WTO加盟を始め後戻りの出来ない市場開放路線に踏み出し、社会資本と法律などの制度的インフラの整備を本格化し始めた。日本からの直接投資も、九九年を底に再び増え始め、これに伴なって日本からの輸出も大きく増え始めた。
   以上が最近の日中貿易急拡大の原因であるが、そこには危さもある。中国の投資競争、貸出競争は過熱気味で、過剰設備と不良債権で一転してデフレに陥るリスクがある。沿岸の都市部では不動産バブルの気配があり、貧富の格差も拡大している。沿岸と内陸の所得格差も大きい。国際的には事実上ドル・ペッグしている人民元の過小評価問題がある。金融資本市場が未整備なので直ちにフロートは出来ないとしても、このままでは中国自身のためにも発展の妨げになる。これらの危さは、日本のリスクでもある。