持続的成長の条件はあるか (『金融財政』2004.6.17号)
昨年の秋から鉱工業生産と出荷が上昇傾向に転じ、経済成長率も昨年十〜十二月期と本年一〜三月期に前期比それぞれ+一・七%、+一・四%と高まった。二〇〇三年度の平均成長率も三・二%に達した。このため、日本経済は十年余りの長期停滞を脱し、持続的成長が始まるのではないかという希望的観測が出始めている。
今回の回復は、よく知られているように、輸出と輸出関連設備投資にリードされている。これ迄の経験では、輸出が伸びれば輸出関連企業が雇用を増やし、賃金を上げるので雇用者報酬が回復し、個人消費と住宅投資が回復し始める。その結果、輸出とは関係のない製造業や非製造業でも設備投資が立直り、雇用と賃金が回復する。それが更に内需関連企業の業績回復を促し、投資、雇用、賃金が更に伸びる。輸出伸長によって点火されたこの内需関連企業の好循環こそが、持続的成長のメカニズムである。
今回、このメカニズムが動き始めたのであろうか。昨年十〜十二月期と本年一〜三月期に、個人消費の伸びが少し高まっている。いよいよ持続的成長のメカニズムが動き出したと言わんばかりのコメントを見掛ける。
しかし、経済成長率が高まっているのにも拘らず、GDP統計の雇用者報酬はまだ減り続けている。常用雇用指数の前年比は、本年四月に七年振りにプラスになったが、中をよく見ると、増えているのは若年者や女性を含むパートタイマーであり、中年男性を中心とする正社員はまだ減り続けている。求職超過の有効求人倍率も、パートタイマーだけとると求人超過だ。
これは、同一の仕事をした場合、パートタイマーの時間当り賃金が正社員より安いうえ、企業は週三十時間以内のパートタイマーについては社会保険料を負担しなくてよいからだ。
またパートタイマーに限らず、企業は従業員のベースアップを抑え続けており、業績が好転した場合でも、一時金だけを増やし、ベースアップを避けている。
これが、今回の景気回復の過程で雇用者報酬が減り続けている理由である。そしてこのことは、輸出主導で始まった景気回復が、内需主導の持続的成長に点火する前述のメカニズムが途切れていることを意味する。
それにも拘らず、最近個人消費が少し伸びているのは何故であろうか。現象的に見れば、貯蓄率を引下げ、あるいは蓄えた金融資産を取崩しているからだ。世界で最も貯蓄率の高い国であった日本は、今やかつての半分くらいになり、ドイツよりも低く、アメリカに接近し始めた。
所得が伸びないのに消費を増やす動機は、デジタル家電に対する購買意欲の高まりのような前向きのものもあろうが、多くは高齢化や失業に伴なう貯蓄の取崩しであろう。
その上本年度は、年金保険料の引上げ、年金給付の物価スライド引下げ、支給開始年齢の引上げで、合計七〇五〇億円の国民負担増加が発生する。また所得税では、配偶者控除上乗せ分の廃止、老年者控除廃止・公的年金控除縮小などで合計五六四〇億円の増税となる。両者を合わせて一兆二六九〇億円が、減少している雇用者報酬から更に差し引かれる。
また来年度以降は、自公合意の所得税定率減税の段階的縮小と最終的廃止などが加わるので、二兆二四〇〇億円程の国民負担の増加が加わる。貯蓄率を引下げても消費を維持するのがやっとであろう。
このままでは、来年以降の持続的成長を展望するのは無理ではないか。