金融行政は「市場型」に戻れ (『金融財政』2004.5.13号)
日本の金融行政は、米国から迫られている「不良債権の早期処理」と、BIS規制である「自己資本比率規制」を最優先にし、自己資本比率が低下した銀行には公的資本を注入し、「収益性指標」の目標化を義務付けている。
 しかし、「不良債権比率」と「自己資本比率」と「収益性指標」の三つの数量目標は、本来相互に矛盾する。不良債権処理を急げば、その年の業務純益だけでは処理の資金が足りなくなり、資本金を取崩すから自己資本比率が下がる。不良債権処理(とくにオフ・バランス化)を急げば、不良債権を割引して市場に売却したり、貸倒れ償却にしたりするので、これらの信用コストを業務純益から差し引いた当期純益は赤字になり、収益性指標は悪化する。
 そこで自己資本比率と収益性指標の低下を最小限に抑えようとすれば、二つの指標の分母である貸出総額を圧縮するほかはない。つまり、収益性が低いと思われる貸出を減らして行くのだ。その結果「貸し渋り」や「貸しはがし」が起きて景気に悪影響が及ぶ。また自己資本比率を高めようとすれば、一定の資金で貸出を拡張する「信用拡張係数」が下がるので、利益を挙げる上で制約となる。ここでも、自己資本比率と収益性指標が矛盾している。
 そもそも銀行の自己資本比率は、経営戦略によってさまざまな形をとる。
 例えば、リスクは高いが高収益の期待出来る投資銀行業務を主とする銀行は、高い自己資本比率を保たないと市場から信用されないかも知れない。逆に、コストのかかる高度なリスク管理体制を持たない銀行は、利鞘は薄いが十分にリスクが分散される安全な貸出を中心に小売銀行業務に徹するかも知れない。この場合は、自己資本比率は低くてもよいと考えるであろう。
 自己資本比率が低ければ、信用拡張係数が高くなるので、薄利多売の経営戦略がとれる。小売銀行型である。反対に自己資本比率が高いと信用拡張係数が低いので、ハイリスク・ハイリターンを狙う卸売銀行型になる。
 このように、自己資本比率というものは銀行の経営戦略と表裏の関係にあり、リスクとリターンの組合わせによって、さまざまの最適水準がある。この複雑な銀行の経営に対して、単一の自己資本比率を行政側が規制として強制するのは過剰な行政介入である。
 銀行のリスクとリターンに関する経営戦略、それに対応したリスク管理体制と自己資本比率、結果として出て来る収益率と不良債権比率、これらは全部銀行が自己責任で選択すべき事である。そして、その適否を判定するのは、行政当局ではなく、市場であり顧客である。それによって株価が動き、顧客の数が決まる。その「結果責任」を経営者がとる。
 行政当局の仕事は、自己資本比率、収益率、不良債権比率に介入するのではなく、監督と検査によって、それらの諸指標に誤りがないかチェックし、その情報公開を促すことである。それ以上の経営介入をしてはならない。判定するのは「市場」であり「顧客」であって、「行政」ではない。
 銀行の破綻も自己責任である。行政の仕事は、その破綻が決済システム全体の不安定化を招かないように流動性を十分供給することと、一千万円以下の預金者を保護するペイオフの実施である。これが「市場型」の金融行政である。
 日本はBIS規制の見直しを積極的に主張し、また不良債権処理のスピードも今後は銀行の自己責任に委ねたらどうか。