景気の先行き (『金融財政』2003.7.28)

   日本経済の足許は相変らず冴えないが、先行き感を示す指標に変化が出てきた。株価と長期金利が、極端に落込んだ水準から三〜四割回復したのがそれだ。勿論、水準としてはまだ極めて低いが、極端な先行き不安感や悲観論に基づく株価の逆バブルと長期国債価格のバブルは破裂したようだ。
   先行き感が修正された理由は、いくつか考えられる。第一は、本年下期の米国経済の回復期待だ。上期の米国経済は、イラク戦争の見通し難と現実のガソリン価格の高騰で、企業マインドも消費者マインドも萎縮した。しかし、イラク戦争は短期に終り、ガソリン価格も下った。その上、下期には大型減税が始まり、利下げの効果も出てくる。これによって下期の成長率は上期に比して高まりそうだ。
   そうなれば、年初来減少傾向を辿ってきた日本の輸出が再び増加に転じ、日本の成長率も上期のゼロ成長から若干のプラス成長に回復するであろう。米国の株価が上昇すれば、日本の株価が連動するかも知れない。
   第二に、六月調査の「日銀短観」によると、本年度の大企業製造業の設備投資計画が上方修正され、前年比プラス十一・五%の増加となった。これを含む全規模全産業の設備投資計画も、前年度実績の前年比マイナス七・七%から本年度は同マイナス〇・一%とほぼ横這いになる。このうち中小企業の計画は現在マイナス十三・〇%の大幅減少であるが、年度の経過と共に計画が固まって上方修正されるのが普通であるから、最終的には本年度の設備投資が全体として経済成長のけん引力に転じる可能性が出てきた。
   先行指標の機械受注(民需、除船舶・電力)は、予想では四〜六月に前期比マイナス十・五%の大幅下落となっているが、四、五月の実績平均は前期比横這いである。イラク戦争開始直前の極端な先行き警戒感が薄れたためであろう。
   第三に、本年度の企業実績の予想が好転している。同じく六月調査の「日銀短観」によると、全規模全産業ベースで見て、本年度の増収率はプラス〇・二%とほぼ横這いの予想にとどまっているが、増益率は〇・九%上方修正されてプラス九・五%となっている。特に製造業の増益率は、大企業がプラス十一・六%、中堅企業がプラス十五・六%、中小企業がプラス二十九・二%に達している。
   売上高横這いの下で二桁の増益予想となっているのは、企業のリストラ努力による損益分岐点操業度の低下によるもので、この結果売上高経常利益率は、大企業と中小企業でバブル崩壊後の最高水準となる予想である。
   第四に、悲観一色であった個人消費にも変化の兆がある。五月の一人当り名目賃金が、二年一か月振りに前年を上回った。その背後には、本年のベア率の加重平均値が一・六五%と、六年振りに前年(一・五九%)を上回ったという事実がある。
   以上の四つの動きは、確かに先行き観の変化を誘う動きである。しかし、これで日本経済が回復に向うかと言えば、疑問に思う。米国経済は下期にはやや回復するとしても、来年は分からない。企業の過剰設備、家計の過剰債務の中期的調整が残っているからだ。日本の設備投資回復も輸出関連だけだ。国内の投資機会を増やす規制緩和が遅れている。企業業績回復のシワ はリストラで家計に寄っている。ベア率が上っても、雇用カットで賃金支払総額は前年以下だ。