国債バブルが発生した (『金融財政』2003.2.17)

 日本の金融政策は、戦後今日までの間に二回大きな失敗をした。二回共インフレ待望・円安誘導論が強まった時である。

 一回目は一九七一年に戦後初の円切上げが行なわれた時だ。これ以上の円高を防ぎ、円安に誘導すべしという調整インフレ論が台頭し、過剰流動性を発生させた。結果、七二年の暮から大インフレが始まり、七三年秋の第一次石油ショックで狂乱物価となった。挙句はスタグフレーションに陥り、戦後初のマイナス成長を記録した。

 二回目は一九八七年のルーブル合意に基づきドル安・円高を防ごうとした時だ。景気回復にも拘らず低金利政策による円安誘導の試みを八九年末まで続け、バブルを発生させた。この時もバブル崩壊後にマイナス成長を記録し、失なわれた十年と呼ばれる長期停滞とデフレに今も悩み続けている。

 この状況で最近インフレ目標論が台頭し、金融の一層の緩和や円安誘導論が目立ち始めた。小泉首相も、デフレ対策の次の手は金融政策だと言い始め、次期日銀総裁はデフレ克服に熱心な人が望ましいと述べた。

 しかし、現在金融市場には二十兆円近い資金が遊んでいるのに誰も借りず、短期金利はゼロ、長期国債利回は一%を大きく割っている。優良な貸出先が見付からない金融機関は、資金運用難からこの長期国債を大量に抱え込んでいる。これ以上の金融緩和政策はこの低利国債を更に金融機関に蓄積させる。

 長期金利は将来の予想名目成長率に依存しているから、一%割れの十年金利は明らかに下がり過ぎだ。これは国債価格のバブル発生である。

 その状況で幸い将来の経済が上向き始めた時に何が起きるか。デフレの終了、企業収益率の回復、成長率の上昇など経済が立直る時に起きる全ての現象はいずれも長期金利の上昇要因である。一%を割る現在の長期国債利回りは、少なくとも二〜三%には直ぐ上昇するであろう。

 長期国債の時価は、例えば利回りが〇・八%から二%に上昇すれば一二%、更に三%に上昇すれば20%は暴落する。その時金融機関に膨大な評価損が発生する。金融機関は保有株式の数倍に当る国債を保有しているから、その金額は最近の株価下落に伴なう評価損を遥かに上回る。また最近数年間の不良債権処理に伴なう累計損失額にも匹敵するであろう。せっかく経済が立直っても、その事が引き金となって新たな金融パニックを起こしかねない。

 長期国債は償還期まで保有していれば、時価が簿価(額面金額)に収れんして評価損は消える。金融機関は評価損の実現を避けるため、膨大な長期国債を持ち続けることになる。つまり景気回復で優良貸出先が現われても、長期国債を売って貸出に乗り換えることが出来ない。再び貸し渋りが起こり、景気回復の足かせとなる。第二次大戦後の米国で現実にこれが起こり、ロックイン効果と呼ばれた。次期日銀総裁は、間違いなくこの事態に直面する。

 インフレ目標論者、円安誘導論者、一層の金融緩和論者は、この事が分かっているのか。戦後三回目の金融政策大失敗を準備しているのかも知れないという自覚があるのか。

 今のデフレは貨幣的現象ではない。実体経済の需要不足によるものだ。対策は一層の金融緩和政策ではない。実体経済の需要喚起策である。徹底した規制緩和、政府事業の民間開放、減税、大都市再開発などによって民間のビジネス・チャンスを増やすことだ。