小泉首相の「政策転換」は中途半端 (『金融財政』2002.8.12)
小泉首相は、来年度予算編成に際し、一兆円以上の先行減税を国債発行三〇兆円の枠にこだわらずに実施するよう指示したと伝えられる。
「将来」の歳出削減などを財源として「今」減税を実施するという政策が本当に実施されるのであれば、その規模がまだ疑問点として残るものの、小泉改革は良い方向へ転換したと言えよう。何故なら、中期の政策目標である財政再建と短期の政策目標である景気回復の関係が整理されていないという、小泉経済戦略の最大の問題点が、是正される方向へ踏み出すかも知れないからである。
しかし、現在報じられている限りでは、小泉首相の政策転換が本当だとしてもまだ中途半端であり、心配な点が少なくとも二つある。
第一は、来年度には今国会で成立した医療制度改革が実施されるので、サラリーマンの患者負担が二割から三割へ、高所得の高齢者の患者負担が一割から二割へ上昇する。そのことだけでも国民負担は一・五兆円増える。また現在は未定だが、今後雇用保険料の引き上げ、年金給付等の物価スライド凍結解除、各自治体の介護保険料引き上げなどが検討されている。
これらを全部合計すると、三兆円を超える国民負担の増加となる。これは三兆円超の所得税増税と同じことであるから、個人消費には大きなデフレ効果が及ぶ。そのような中で、一兆円超の法人税減税を行っても、設備投資に対する拡張効果は個人消費に対するデフレ効果で帳消しとなった上、なおデフレ効果が残るのではないか。先行減税を実施するならば、少なくとも三兆円の規模が要るのではないだろうか。
もう一つ心配なことは、先行減税が実施される来年度にならないうちに、本年度下期に日本経済が失速する懸念があることである。
小泉首相が三〇兆円の国債発行上限にこだわらないと言うのは、来年度の予算編成についてであり、本年度については三〇兆円枠を守ると言っている。しかし本年度は当初予算で三〇兆円の枠を使いきっている。従って、三〇兆円枠を守る限り、国債を財源とする補正予算はもう組めない。昨年度は当初予算で三〇兆円枠を使い切っていなかったので、三〇兆円枠の下で秋と冬に補正予算を組むことができた。従って、本年度に補正予算を組めないとすれば、補正後予算ベースで見て、本年度は昨年度に比べて三兆円の緊縮予算となり、本年度下期を中心にデフレ効果が出てくるであろう。
本年度下期は、ただでさえ景気に不安が出る可能性がある。景気の下げ止まりを生んだ輸出の増加が、円高の進行と米国景気の変調によって下期に下振れするリスクが高いからだ。その上、設備投資も個人消費も下期に立ち直る兆しはない。そこに財政面から更にデフレ・インパクトが加わろうとしている。
小泉改革は、依然として中期の目標である財政再建と短期の目標である景気回復をゴチャゴチャにしている。ブレーキとアクセルを一緒に踏むようなものだ。