何故いま武力攻撃事態法か (『金融財政』2002.5.27)
平成十年十一月に自自連立政権の合意書が両党間で交わされたが、そこに有事法制整備が含まれていた事を覚えているであろうか。 そこには、@武力による急迫不正の侵害を受けた場合に限り武力による反撃を行うが、それ以外は武力を行使しない、A国連の総会または安保理の決議に基づき、国連から要請された平和活動には参加する、という二つの原則が明示され、これに基づいて法を整備することが、「今直ちに実行する政策」三つのうちの一つとして書かれていた。
あとの二つの政策合意は、大筋において自自連立政権によって実現し、特に減税はマイナス成長であった日本経済を、平成十一年にプラス成長に転じる役割を果たした。
ところが、この政策合意のうち、有事法制の整備だけが自民党内の反対で残った。そこで平成十二年三月末に、小沢党首が小渕総裁(当時)にその実行を呼びかけたが、小渕総裁は自民党内の多数意見には逆らえないので、合意は実行できなくなったと答えたのである。このため、自自連立は解消する事が決まり、その晩、小渕総裁は倒れて不帰の人となった。
この有事法制を、今回、突如として自民党が国会に提出してきたのである。一体自民党内で何が起こったのであろうか。
内容を見ると、自自連立合意のような安全保障の基本原則を定めた基本法ではない。武力攻撃事態法案と安保会議設置法改正案の二つである。前者は、日本に対する武力攻撃(その恐れ、その予想を含む)に対処する為の法案で、冷戦時代、ソ連軍が北海道に上陸してくるような事態を想定して考えた事を下敷きにしている。従って国民の私有地に自衛隊が塹壕を掘るような話まで入っている。
しかし、今日の日本にとって現実的な有事とは、このような二十世紀的な敵前上陸の話ではあるまい。阪神大震災のような大災害、地下鉄サリンや九・一一事件のような大規模テロや騒乱、ロケット飛来や特殊部隊の重要施設破壊などであろう。そこで少なくとも二つの疑問が湧いてくる。
@何故自自合意にあるような安全保障の基本法を作らないで、いきなり各論に入るのか、A何故その各論が荒唐無稽な敵前上陸のケースなのか。
@対する答えは、憲法第九条の解釈問題や憲法改正論議に発展する事を避けたいからであろう。しかし日本がいつまでも安全保障の基本原則を明確にせず、事あるごとに行き当たりばったりで憲法解釈を変え、事実上の超法規的対応をするのはもう止めにすべきである。自自連立合意の二つの原則であれば憲法とは矛盾しない。自由党は改めてこの二つの原則を定めた「安全保障基本法」を国会に提出するつもりである。
Aに対する答えは、おそらく米国からの圧力もあって「周辺事態法」との隙間を埋めたいからではないかと想像される。何故なら、そのまま放置すれば我が国に対する武力攻撃に発展しかねない「周辺事態」(周辺事態法)は、我が国に対する「武力攻撃」(武力攻撃事態法)と重なるからである。つまり台湾海峡や南北朝鮮で武力衝突が起こったような周辺事態は、そのまま日本に対する武力攻撃が予想される事態であるとして、自衛隊の予備役召集、基地内待機、陣地構築が出来るようにしたいのであろう。
自由党はもっと現実的な有事(テロ、災害など)を想定した「非常事態対処基本法」案を国会に提出し、武力攻撃事態法案には反対したいと考えている。