インフレ目標導入に反対 (『金融財政』2001.9.6)

 最近、自民党の中堅・若手の一部にインフレ待望論が公然と出てきた。日銀が一定の物価上昇率を目標に掲げて金融政策を運営する「インフレ目標」の導入を主張する動きがそれである。竹中経済財政相も検討に前向きの態度をとっている。
 現状のように物価が持続的に下落する状況(デフレ)は望ましくないが、それなら何故物価の横這い(物価安定)を主張しないで、インフレを主張するのか。デフレが経済活動を圧迫しているので、インフレにすれば経済活動が活発化すると考えているのか。

 インフレは、企業収益を改善することはなく、むしろ経済全体として資源配分を非効率にする。資金の貸し手が得をし借り手が損をするという、不公平な所得再分配も起きる。その結果、経済は全体として停滞し、インフレと景気後退の同時発生、「スタグフレーション」という最悪の事態になる。

 そもそも現在の経済停滞の根本的原因は、構造改革を先送りしてきたため、非効率な資源配分(官業による民業圧迫、地方における無駄な公共投資など)と不公平な所得再分配(地方債償還を容易にする地方交付税など)が拡大し、経済全体の効率が低下しているためだ。
そのような経済停滞の下で、資源配分と所得再分配を改善する構造改革を実施することなく、ただ金融を緩和しただけで需要が供給を超過するようなインフレが起きる筈はない。

 もし物価上昇が起きたとすれば、それは投機によるインフレやバブルの発生以外にはない。六兆円を超えるアイドル・バランスが存在する超金融緩和の下で、物価や資産価格の先高期待に基づく投機を行う資金には事欠かないので、投機は見る見るうちに広がり、物価や資産価格の上昇率は加速する。
 一九七三年の大インフレや八八年のバブル発生の経験からも明らかなように、過剰流動性を吸収するには一年以上かかる。従って、その間にインフレは加速して炎は燃えさかり、二〜三%の目標インフレ率に制御することなどは到底不可能であろう。
 そうなると、インフレは国民の貯蓄を目減りさせ、累進構造をもった所得税を自動的に重くする大衆収奪の大増税(それも税法改正によらない非民主的な大増税)となる。得をするのは、六六六兆円の債務負担が軽くなる政府と、バブル期の投機のツケで債務超過に陥った企業であろう。「インフレ目標」の導入を叫ぶ政府・自民党の一部は、自らの政策の失敗による財政赤字の拡大と不良債権の累増を、調整インフレを起して一挙に解決しようとしているのではいか。 インフレは「構造改革」を阻害することにもなる。何故なら、インフレが進行すれば政府の債務残高は実質的に減って行くので、行政改革による歳出削減の努力を弱めることになる。債務超過の企業も、債務負担が減って行くので、経営再建の努力に水が差される。 他方、技術革新や経営合理化によって発展している企業や産業にとっては、インフレの進行によって将来の売値や買値(賃金を含む)の予想が難しくなるので経営効率が悪化する。

 デフレ現象の中には、流通革新に伴なう安くて良質な商品の提供、経営合理化と技術革新に伴なう製品コストの低下、海外からの開発輸入による内外価格差の縮小などもある。このような「良いデフレ」が含まれている現状は、インフレよりまだましである。