画期的な金融政策の変更 (『金融財政』2001.4.2)

年明け後、日本銀行は二度にわたって公定歩合と操作目標であるコール・レートを引き下げたが、日本銀行の金融政策に対する注文は絶えなかった。曰く、(1)ゼロ金利政策に戻るべきである、(2)量的緩和をもっと進めるべきである、(3)そのためには長期国債の買いきりオペを増やすべきである、(4)プラスのインフレ率をターゲットとすべきである、等々。
三月十九日(月)の政策決定会合で打出された新しい金融緩和措置は、この(1)〜(4)のすべての批判に応える形となった。
(3)長期国債の買いきりオペを銀行券発行残高を上限として増やし、(2)それによって日銀当座預金残高を現行の四兆円程度から五兆円程度に増やし、(1)その結果コール・レートが事実上ゼロとなることを容認する。そしてこの措置は、(4)全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)の前年比が安定的にゼロ以上になるまで続ける。
 日本銀行に対する注文は、これによって全部満たされた。敢えて批判するとすれば、何故もっと早くこの措置を実施しなかったのかというタイミングの問題だけであろう。
決定直後の市場の反応は極めてよかった。初日の二十一日(水)には、日経平均株価が九百十二円上昇し、一万三千円台を回復した。
しかし、よく考えてみると、これで景気がよくなり、企業収益、ひいては株価が上昇するような効果が現われるとは思えない。せいぜい金利低下分だけ株価が上方修正される程度ではないのか。日銀当座預金残高を一兆円増やしてみても、金利がゼロでは急いで使う理由はない。従って、これが貸出促進の効果を持つとは思われない。銀行は引続き不良貸出の発生を警戒して慎重な貸出を続け、企業はバランス・シートを改善するために借入返済を続けるであろう。金利低下が設備投資を刺激するとも思えない。企業はキャッシュ・フローの範囲内でしか投資していないからである。
今回の措置の中で最も注目すべき点は、日本銀行の政策目標がコール・レートという金利指標から日銀当座預金残高という量的指標に変ったことである。これは、半世紀以上続いた日本銀行の伝統の放棄にほかならない。
米国の操作目標が金利指標から量的指標に変ったのは、七〇年代以降である。当時はインフレ率がボラタイルで人々の将来の予想インフレ率がどの程度なのか、中央銀行は識別することが難しくなった。従って、名目金利から予想インフレ率を差引いた「実質金利」の水準も分からなかった。経済に影響を与えるのは名目金利ではなく実質金利である。それが分からないのでは、金利は操作目標として失格である。今の日本でも物価下落下では人々の予想インフレ率がどうなっているのか分からない。
そこで操作目標を金利指標から量的指標に変えようということになったが、銀行行動、ひいては経済に影響を与える量的指標で、中央銀行がコントロールできる指標は何かについて論争が繰り返され、トライアル・アンド・エラーが続いた。非借入準備、総準備、ベース・マネー等が試された。今回日本銀行が選んだ日銀当座預金は、総準備に近いが、日本銀行が短期的にコントロール出来ない銀行保有現金を除いている点でより現実的である。
今回の日本銀行の措置により、ボールは政府の側に投げ返された。景気が回復しないとすれば、もはや金融政策のせいではなく、構造改革を先送りする政府のせいである。