誤解に満ちたペイオフ延期批判 (『金融財政』2000.2.14)
昨年末のいわゆる「ペイオフ解禁延期」の決定ぐらい評判の悪い政策も珍しい。曰く、改革の遅れだ、経営のモラルハザードが発生する、日本の金融システムに対する国際的信用が低下する、等々。しかし、これらの悪評ぐらい誤解に満ちた早とちりも珍しいのである。
まず、ペイオフを完全に解禁するのは、金融審議会の答申に基づく当初案でも二〇〇三年四月であり、これはまったく変わっていない。当初案では、二〇〇一年四月に形の上では解禁するものの、二〇〇一年四月から二〇〇三年三月までの二年間は、決済性預金は全額保護する、借入金の担保となっている大口定期預金は借入金との相殺を認める(つまりこの大口定期預金も全額使える)、引続き個人保有の金融債は保護する、新たに公金預金と特殊法人預金も保護する、となっている。
その結果、破綻金融機関の預金総額の九割以上が、二年間は保護されるのである。実際には破綻の噂が立てば、借入金の担保になっている預金を残し、定期性預金はインターネットを通じる操作で、一瞬にして解約され決済性預金に振り替えられるであろう。従って、金融審の答申に基づく当初案は、事実上、ペイオフ解禁の二年延期と言った方が正確だ。
昨年末の決定は、この事実上の二年延期のうちの最初の一年は文字通りの延期、次の一年は当初案通りの延期としたのである。従って、「真性の解禁」が二〇〇三年四月であることは当初案と変わりはなく、改革の遅れはない。
狙いはあくまで、二〇〇〇年四月に都道府県から金融監督庁・日銀の所管に移る信用組合だ。その実地検査が二〇〇一年三月までかかり、それを踏まえて整理、合併、出資金注入などの再生、健全化策を実施するのに更に一年かかるので、この一年間はペイオフ解禁を延期しようということだ。当初は信用組合だけ延期する案も検討されたが、それではかえって資金シフトを刺激し、金融システム不安定化のリスクが高いので、全業態の延期となった。
全業態延期では、日本の金融システムの信用が落ちるとあらゆるマスコミが書き立てたが、大嘘ではないか。日本の金融機関の格付けがペイオフ解禁延期の結果引下げられたという話は聞いたこともない。国際金融市場でジャパン・プレミアムが再発したという事実もない。それどころか、金融機関の株価は引続き外資流入で高騰している。日本のマスコミよりも外人投資家の方が事態を正確に把握している。
そもそも二〇〇一年四月のペイオフ解禁決定は、九五年の村山内閣の下で武村蔵相が決めた。翌九六年に発足した橋本内閣は、住専処理後、「不良債権問題は峠を越えた。今後公的資金は信用組合の破綻処理にしか使わない。それによって金融システムは安定化し、二〇〇一年四月にペイオフ解禁が出来る」と言った。
実際は、翌九七年秋から一年間、拓銀、山一、日長銀、日債銀などの大口金融倒産を含む金融パニックが発生し、六〇兆円の公的資金の枠組によってようやく鎮静化させた。九九年二月にはジャパン・プレミアムが消えた。
この結果、大手銀行や地銀は二〇〇一年四月のペイオフ解禁に耐え得る状態になったが、第二地銀と信金は遅れ、信組はこれから検査し対策を打つと言う状態だ。
非現実的な五年前の決定を覆し、しかも二〇〇三年四月の完全解禁という最終着地を守った今回の決定は、改革の遅れではなく、金融システムの改革と安定を保証するものだ。